#011 三時間だけの同窓会

ちいさな物語

仕事帰りにふらりと酒場へ立ち寄った。小さな店だがそこそこにぎわっている。カウンターには数脚の古びたスツール、申し訳程度にテーブル席もあった。天井から吊るされたアンティーク調のランプはなかなか雰囲気があっていい。

いきなり入ったことがない店に立ち寄るタイプではないので自分でもなぜここへ来たのか不思議である。

「よう、遅かったな。」

突然、大柄な中年の男が親しげに話しかけてきた。知らない男だ。驚いた僕が言葉に詰まっていると、彼はニヤリと笑った。「まあ、忘れてるだろうな」

怪訝な顔をすると奥のテーブルからも声があがる。「早くこっちに来いよ!」見ると、三人の見知らぬ男女が酒を片手に手招きしていた。

「――ったく。相変わらず動きがのろいんだから」派手な身なりの女があきれたようにため息をつく。もちろん知らない女だ。

しかしなぜか彼らの顔を見た瞬間、胸の奥がざわついた。会ったことがないのに知っている感覚。吸い寄せられるように彼らのテーブルの空いている席に腰掛ける。

「全員そろったな!」

中年の男が乾杯を提案する。「ここでこうしてまた集まるのにずいぶんかかったな。」

何を言ってるんだ、意味がわからない。そんな自分を差し置いて彼らは親しげに会話を続けている。内輪ネタなのかなんなのか、よくわからないことをしゃべっていた。

ちょっと軽率だったかもしれない。おかしな人たちの中に入ってしまった。

だが彼らの話を聞いているうちに、不可解な映像が頭に浮かび始める。

どこかの城で西洋の昔の王様みたいな人に直接話を聞いている。そうかと思ったら真っ暗な洞窟の入口で火を囲んで大真面目に言い合いしている。未舗装の道をふざけ合いながら歩く姿、それぞれ武器を手に並び立つ姿。古びた店で妙な草や種を物色したり、キャンプさながらに野宿をしている。

そして見たこともない魔物に立ち向かう激しい戦い。そして最後に――命を落とす瞬間。

はっと顔をあげた。

「あら、思い出した?」

女がいたずらっぽく笑う。俺は震える声で言った。「俺たち……一緒に魔王を倒した?」

「そうだ。前世で。」彼らは頷いた。

「お前は真っ先に死んだくせに倒したはねぇだろ」

「いやいや、彼の捨て身があったから勝てたんだ」

「なによ。あんたも結局死んでたくせに」

「っせーな。前衛ってのはそんなもんだ」

他愛ない言い合いが続く中、なぜか涙があふれてきた。今現在の名前すら知らない彼らが家族より親しく感じる。

「みんな、やめて……ここから三時間という約束よ」

おとなしそうな女性が全員を制するよに手を広げる。急に場がしゅんと静かになった。彼女のこともよく知っている。いつもこういう役回りだ。

「三時間?」

首を傾げると、中年男が「手短に言うぜ」と真剣な眼差しでこちらを見る。

どうやらこの前世の記憶はパーティ全員がそろい記憶が戻ってからたったの三時間しか続かないらしい。

魔王を倒した勇者が大天使様にひとつ願いを叶えてもらえることになり、来世でも仲間と一緒にいたいと願ったそうだ。しかし世界の法則を曲げることはできない、三時間だけ共に過ごせるようにはからおうと、その願いは中途半端に叶えられてしまった。

あと三時間後にはまったく知らない他人に戻ってしまう。家族のようにともに過ごし、命を預け合った仲間たちなのに。

「乾杯しよう……俺たちの再会に。」

グラスを手に取り小さく呟いた。仲間たちは目尻に涙を浮かべてグラスを手にした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました