変な話

ちいさな物語

#615 三分間の特異点

カチ、と無機質な音が響き、電気ケトルのレバーが跳ねあがった。部屋を支配していた狂おしいほどの沸騰音がゆるやかに止み、深夜二時の冷え切った空気が再び私のワンルームを包み込む。私は熟練の外科医のような手つきで、カップ麺のプラスチックフィルムを剥...
ちいさな物語

#613 友だちの家の猫

友だちの慎也が猫を飼っているというので、猫好きの私は見せてもらいに行った。でもそのリンリンと呼ばれている猫はどこからどう見ても猫の着ぐるみを着たおっさんだった。「ずいぶんと……でかい猫だね」とコメントした後が続かない。しゃべったりはしないが...
ちいさな物語

#599 ドッペルゲンガーの正体

深夜二時のコインランドリーは、世界から切り離されたカプセルのようだった。いつもならこんな夜中にコインランドリーなんて来ない。思いがけない残業のあげく、最近洗濯をさぼっていたせいで明日着ていくシャツがなくなったのだ。眠気と戦いながら、回転する...
ちいさな物語

#596 退屈な休暇の終わらせ方

ねえ、ちょっと聞いてくれますか?これ、誰かに話したくてたまらなかったんですよ。信じられないかもしれないけれど、つい先週、本当にあった話なんです。舞台は、あの悪名高い「少女連続失踪事件」を解決した直後のこと。僕の相棒であるあの探偵――名前は伏...
ちいさな物語

#594 守護の手つきが荒すぎる

霊が見えるという知り合いの真田、ある日いきなり顔をしかめられた。「うわぁ」第一声がそれは失礼だろうと思ったが、真田は俺の肩のあたりを見たまま、動画視聴中に超絶長い広告が入ったような顔をして見ている。「ずいぶんと強い守護霊が……ついてますね」...
ちいさな物語

#593 間違い電話

Aという男は、顔はふつう、成績もふつう、運動もそこそこ――なのにとある事象だけが異常だった。それは、モテるとか、営業がうまいとか、そういうポジティブな異常ではない。間違い電話が、意味わからん頻度でかかってくるのである。今どき? 今どき間違い...
ちいさな物語

#590 新しい正装

かつて、ネクタイを締め、窮屈なジャケットに身を包んで通勤していた時代があった。今となっては、それは歴史の教科書に載る「非効率な時代の奇習」として片付けられている。在宅勤務が完全に定着した現在、社会の価値観は一変した。「移動時間は無駄」「化粧...
ちいさな物語

#589 町内会の幽霊

その廃屋は、町の北端で静かに朽ち果てていた。かつては「出る」と噂され、夏休みともなれば肝試しに訪れる子供たちの絶叫が響いたものだが、それも今は昔の話だ。最近の子供たちはスマートフォンの画面に夢中で、埃っぽい古い家屋を探索するよりも、仮想空間...
ちいさな物語

#588 サービスタイム

うちの近所のスーパーは、夕方六時を過ぎると空気が変わる。惣菜コーナー周辺を中心に客の様子が不自然になるのだ。誰もが興味なさそうな顔をしながら、何度も同じ場所をうろうろし始める。全員、似たような軌道を描きながら、回遊魚のごとく店内を回り始める...
ちいさな物語

#582 もちょん

今日も残業を終え、疲れ切った体を引きずってアパートの自室に戻った。ドアを開け、明かりをつける。玄関から一歩入り、ふと部屋の隅にある木製の棚に目を向けたとき、違和感を覚えた。棚の上に、見覚えのないものがある。近づいて確認してみると、それはカピ...