#598  執着の教本

ちいさな物語

「皆さん、こんにちは! 防犯系ストーカー配信者のメグです!」

カメラに向かって満面の笑みを浮かべる彼女の背後には、相棒のカイトが立っていた。

「カイトです。今回もまたメグのひどいストーカー行為の被害に遭っています」

どっと大勢の人が笑う声の効果音が流れる。お決まりの流れだ。

もちろん、これはあくまで「企画」であり、二人は合意のうえでこれを行っていた。

メグのチャンネル「ストーク・キャッチ」は、ここ数ヶ月で登録者数が爆発的に伸びている。

その内容は、メグがストーカー役となり、私生活を送るカイトをどれだけ執拗に追い詰められるかを実演するものだ。

これはストーカーにはどんな手口があり、どのように防衛するのが効果的かを視聴者と共有するという有意義な企画――のはずだった。

「今日はこれ。近年、犯罪への悪用が急増して社会問題になっている『紛失防止タグ』を使います」

メグは楽しげに、500円玉ほどの白いディスクをカメラにかざした。

「これ、カバンの底板や、ぬいぐるみの縫い目の中に滑り込ませるだけで、相手の居場所がスマホでリアルタイムに丸見えなんです」

表向きは「ストーカー被害に遭わないための注意喚起」という啓発的な目的を掲げているが、視聴者の中には別の目的でチャンネルを楽しんでいる者たちがいた。

「メグさんのおかげで、狙った相手を逃がさない方法がよく分かりました」「いいですね。それ買ってクラスの女子に使います」「盗撮した動画の売上があがりました」という不穏な書き込みがちらほらと見受けられる。

アンチ気取りのいたずらコメントか、はたまた冗談のつもりなのか。メグは見て見ぬふりをしていたが、カイトは目にするたびに不愉快な気分になり、コメントを削除していた。

「放っておけばいいじゃない。お金が稼げればいいんだから」

彼女は企画の社会的意義よりも収益性を重視していた。ストーカー側に向けて配信した方が儲かりそうだと考えたら、本当に路線を変更しそうな雰囲気である。

ある日の生配信で、メグは最近仕入れた情報である「特殊な技術」を紹介することにした。

「今回は、スマートホームの脆弱性を突いた『デジタル不法侵入』を実演します!」

彼女はカイトのマンションの玄関前で、タブレットを取り出した。

「中古で安く売られているスマートロックや、パスワードが初期設定のままのIoT家電は、外部から簡単にハッキングできるんです」

メグが画面をタップすると、カイトの部屋の鍵がガチリと音を立てて解錠された。

「ほら、物理的な鍵がなくても、こうやってスマートフォンのアプリ経由で鍵を開けられちゃう。皆さんも二要素認証は必須です」

これは確かに知らなかった人にとって有益な情報であるが、ストーカーもこの手段を使い始めないかと、カイトは企画段階から不安を抱いていた。

さらに、彼女は部屋の中に設置された置き時計型隠しカメラの映像をモニターに映し出した。

「これ、ただの時計に見えるでしょ? でも実はWi-Fiでスマホと連動して、外出先から24時間監視できるスパイカメラなんです」

次にカメラはメグの真剣な表情を映し出した。

「前から何度も言っているように、よくわからない贈り物や応募した記憶のない懸賞の賞品は絶対に部屋に置いておかないこと!」

視聴者数は過去最高を記録し、スパチャ(投げ銭)が滝のように流れる。

しかし、その直後からメグの周囲で奇妙なことが起こり始めた。

まず、彼女の自宅のポストに、覚えのない大量の「贈り物」が届くようになった。

それは、彼女が動画で紹介したばかりのモバイルバッテリー型隠しカメラや、磁石付きの超小型カメラだった。

さらに、彼女のスマートフォンには、どこかで隠し撮りされたらしき写真が届くようになる。

「まさか、私の動画を見て勉強した奴が、私を狙ってるの……?」

「アンチが動き出したのかもしれない。先週のライブでメグが『ストーカーども、かかってきなさい』って煽ったから……」

カイトはいったん企画をやめるように勧めた。メグも少し不安そうな顔をしたが、すぐにいつもの勝ち気な表情に戻る。

「私はプロよ。対策も万全だから心配ないわ」

カイトは視線を床に落とした。

「メグ、もうやめよう。この企画のせいで、本当に被害に遭ってる人もいる。それに、最近の君の周りの空気、おかしいよ。すごく嫌な予感がするんだ」

カイトの言葉を、メグは「臆病者」として切り捨てた。カイトは最後までメグを心配する言葉を残して配信から身を引いた。

それからメグは、新しくアミという若い女性をカイトの代わりに雇うことにした。

アミは物静かで従順な女性だが、ストーカーに利用されがちなアイテムや防犯グッズにやたらと詳しかった。聞くと前からメグの配信を見て勉強していたのだという。

「メグさん、次の企画ですが……『AIを使ったディープフェイクでのなりすまし』をやりませんか?」

アミの提案に、メグは快諾した。自分の顔と声をAIに学習させ、本人と見分けがつかない動画を作る。

「これ、悪用されたらリベンジポルノの問題も今の比じゃなくなるわ。注意喚起として最高よ。ありがとう!」

メグは自信満々で、「鉄壁の防犯ルーム紹介」をライブ配信した。

「この部屋は最新の人感センサー付き防犯カメラで守られています。侵入も難しいうえに、常にカメラに撮られています」

彼女がカメラを指差して解説していた、その時だった。

コメント欄が、今まで見たこともないような速度で流れ始めた。

「メグ、後ろ」

「エアコンの吹き出し口、紛失防止タグが貼り付けてあるぞ」

「それ、メグが第5回の動画で紹介した『最も見つかりにくい設置場所』だよな」

メグの背筋に氷のような冷たさが走った。

彼女はゆっくりと振り返り、自分がかつて「最強の隠し場所」として教えた場所を凝視した。

そこには、自分が紹介した通り「紛失防止タグ」が貼り付けられているのが確認できた。

「嘘……誰が……いつの間に……」

部屋に入って自由に動けるのは、自分と相棒のアミだけだ。

混乱するメグの耳に、隣にいたアミの低い声が響いた。

「メグさん。あなたの動画のおかげで、一部の無能ストーカーたちは『技術者』に進化したんですよ」

アミの表情は、深い憎悪に満ちていた。

「私の妹は、あなたの動画を見て手口を学んだ男に――」

アミは淡々と、しかし確かな殺意を込めて続けた。

「アミ……?」

アミの手には包丁が握られていた。

「第5回のライブで『身近な人間も疑ってみる』と教えてくれましたよね。いつも挨拶を交わす人、部屋を出たときになぜかよく会う隣人……」

「そして、信頼していたはずの仕事仲間」

メグが絶叫しながら配信を止めようとした。しかし、カメラが大きくブレて、床を映し出す。

そこへ血飛沫が散り、泣き叫ぶメグの声が響き渡る。

視聴者たちは各々の方法で事件を外部へと知らせて回った。

SNSでライブのURLを貼り煽り立てる者、老舗掲示板にスレッドを立てる者、ライブのスクリーンショットを友達に送る者。

中には警察に連絡した者もいたが、メグがどうなったのか、公式には何の報告もなかったらしい。

ただ、状況が酷似した殺人事件の報道がなされたことは、ネット上で大きな話題になり、やがて別の事件にかき消されるように忘れられていった。

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