#594 守護の手つきが荒すぎる

ちいさな物語

霊が見えるという知り合いの真田、ある日いきなり顔をしかめられた。

「うわぁ」

第一声がそれは失礼だろうと思ったが、真田は俺の肩のあたりを見たまま、動画視聴中に超絶長い広告が入ったような顔をして見ている。

「ずいぶんと強い守護霊が……ついてますね」

真田は嫌そうに口を開いた。

「守護霊って守ってくれるんだろ。いいじゃん」

「ついてるのはいいんですけど――めっちゃ雑です」

雑な守護霊? 守護霊に対して使うと思っていなかった形容詞がついているが?

真田いわく、俺の後ろには、作業着みたいな薄汚れた服を着た中年男が腕組みして立っており、顔つきが終始「めんどくせえな」らしい。

そんな悪徳業者の末端作業員みたいな守護霊がついているのか……。確かにちょっと嫌かもしれない。

――だが、言われてみると心当たりのある妙な現象は山ほどあった。

たとえば駅の階段で足を踏み外したときだ。その長い階段から転げ落ちたら、首の骨を折って帰らぬ人になる可能性は十分にあった。

だが、俺は体が宙に浮いた次の瞬間、階段の横の壁に激突していたのだ。

痛い。めちゃくちゃ痛い。だが、どういうわけか転げ落ちはしなかった。

「それ、横から守護霊に思いっきり蹴り飛ばされてます。サッカーボールのように」

真田が見ていたかのように断言する。

「え?」

「死ななくて――よかったですね」

守られてはいる、らしい。方法が雑なだけで。

「本当にかなり強い守護霊です」

真田はいうが、「うらやましい」というような顔つきではなかった。どちらかというと「お気の毒に」の顔だ。

それから、給料日に気が大きくなって、新発売のゲーム機を購入しようと思ったときも変だった。

恐ろしいことに、レジ前で財布がなくなっていることに気がついたのだ。

青ざめて店を飛び出したものの、財布はすぐ近くの植え込みに突き刺さっていた。

あわてて中を確認したが手をつけられている様子はない。クレジットカードもマイナンバーカードも現金も、すべてそろっている。

ほっとしたものの、なぜ鞄に入っていたものが植え込みに突き刺さるのか、いくら考えてもわからなかった。

数日後、その新発売のゲーム機は致命的な不具合――からの大規模リコールで、購入者たちからは阿鼻叫喚、SNSは大炎上していた。

真田にその話をすると、うんうんとうなずく。

「財布をすって投げ捨ててますね。悪意のある人に盗られなくてよかったです」

あの騒動に巻き込まれなくて助かったとは思っていたが、なんという雑なことを。俺は目の前が真っ暗になった。助けてもらっても別の災難が降りかかる可能性は大いにある。

「たぶんその守護霊、結果主義なんですよ。現場叩き上げみたいな感じで上品でさりげないやり方を知らないのかもしれないです」

守護霊の現場叩き上げってなんだよ。

「真田くん、俺はどうしたらいいと思う?」

「守護霊を替えることができるって話は聞いたことがありますけど……」

真田は何となく気乗りがしない様子でその方法を教えてくれた。

翌週、さっそく町外れの古い祠に行き、榊を供えて、もっと丁寧な守護をお願いしますと頭を下げた。

その帰り道だった。

横断歩道で信号待ちをしていると、後ろから猛烈な勢いで誰かに蹴られた、ような気がした。

「うおっ」

無様に前へ転がった瞬間、俺の目の前を、ハンドルを切り損なったらしいトラックが突っ切っていった。腹の立つことに、歩道に乗り上げていながらも、トラックはスピードを落とすことなくそのまま走り去っていった。

あんな雑な運転……あとちょっと遅れていたら、確実に死んでた。

助かった。

これももしかして……。

そっと振り返ると、薄汚れた作業着の不機嫌そうなおっさんの顔。さっきのトラックを運転しているとしたらこんな男だろうと思われるような、いかにもなヤツが浮かんでいた。

――嘘だろ。俺にも見えた。真田の言っていた通りだ。

俺が見えていることに気づいたらしきその男は「チッ」と舌打ちした。助けてもらいながら何だが、なぜだかひどく腹が立ってきた。

「もっと他にやり方あるだろ!」

すると男は、たしかに俺へ聞こえる声で、ぼそりと言った。

「あるなら、とっくにやってらあ」

風もないのに、男の輪郭が少し揺れた。

「いいか、教えておいてやる。俺が一番強くて早い。お前を蹴り飛ばすみたいなことは俺しかできん。ちんたらやっているようなやつに替わったら、おまえは三日で死ぬ」

ひどい理屈なのに、妙な説得力があった。

普通の守護霊のやり方のイメージだと、まず俺の気を引いて、その場を離れるようにするとか、そういう手段を取るだろう。その場合確かにスピードは出ない。

俺が呆れているうちに、信号が青になった。

男はふっと薄くなり、消える直前、面倒くさそうに言った。

「お前は守護霊交代の祈りをあげた。あれは効くぞ。だが、もう一度よく考えることだな」

翌日、この一件を真田に話すと、神妙な顔でうなずいた。

「守護霊交代は思いとどまった方が――いいのかも、しれません」

歯切れが悪い言い方をする。チラチラと俺の肩のあたりを見ている。

「おい、何か見えてるのかよ」

「すみません、何か工具のような……スパナ? それを振り上げておどされています」

「……」

「その守護霊、人間に物理的な攻撃を加えることができるので、僕はもう関わりたくないです。すみませんけど」

真田は本当に申し訳なさそうに、そしてチラチラと肩の方を見ながら怯えた口調で言った。

「お、おう。悪かったな」

俺はその足で町外れの古い祠へ向かい、先日の守護霊交代の取り下げを願い出た。真田の怯えようを見て、怖くなったからだった。

あんな雑なおっさん、完全にクビになったとさとったら、去り際に何をしてくるかわからない。

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