ぞわっとする

ちいさな物語

#649 森の底で眠る調律の王

その森は、厳密にはどの国の領土にも属していないと言われていた。原生林が何キロメートルにもわたって広がり、航空写真で見てもただの深い緑の絨毯にしか見えない場所。私は地質調査の専門家として、ある特殊な地殻変動のデータを追ううちに、その未踏の森へ...
ちいさな物語

#645 日記帳のつながり

その日記帳は、神保町の路地裏にある古書店で、投げ売りされていたワゴンの底に眠っていた。日記帳などが売られているものかと不思議に思われるかもしれないが、これが稀にあるのである。遺品整理などで大量の書籍をそのまま古書店に売ると、そういった物が混...
ちいさな物語

#640 ひまわり畑

真夏の刺すような日差しが照りつける7月の午後、僕は友人である健太、葵と3人で、郊外にある有名なひまわり園を訪れていた。広大な敷地には、大人の背丈をはるかに超える巨大なひまわりが咲き誇っていた。「すごいな、迷路みたいだ。写真撮ろうぜ」と健太が...
ちいさな物語

#634 開かずの納戸

次は僕の番ですか。うーん、信じてもらえないかもしれないんですが、とりあえず話してみますね。大学生の夏休み、山奥にある母方の祖父母の家へ遊びに行ったときのことです。大学は楽しいんですが、ちょっと慌ただしすぎて――何もしない時間というか、何もし...
ちいさな物語

#632 命の恩人

山の夜は、すべてを飲み込むほどに深い黒一色だった。そんな中、私は完全に山の中で道を見失っていた。スマホの画面は暗いままで使い物にならない。懐中電灯の頼りない光だけが、霧の立ち込める不気味な木々を照らしていた。雨が激しさを増し、冷たい水滴が容...
ちいさな物語

#629 宇宙を湛える器

ある朝、坂本が目を覚ますと、六畳間の真ん中に白い洗面器が置かれていた。それはいたって平凡な、どこにでも売っているプラスチック製の洗面器だった。ただ一つ奇妙だったのは、その中に澄んだ水がなみなみと張られていることだった。坂本は首を傾げながら、...
ちいさな物語

#627 オルゴールの夢

祖父が亡くなり、その遺品を整理していた時、僕は書斎の奥にある古い桐箱から一台のオルゴールを見つけた。箱から出した際に説明書のようなものが落ちたが、それはひどく黒ずんでいて、読むことはできなかった。オルゴールは黒ずんだ真鍮製の小さな箱のような...
ちいさな物語

#625 青空の顎

かつて、見上げる空は自由の象徴であり、人々に希望を与える存在だった。しかし今、私たちの頭上に広がる空は、巨大で冷酷な屠殺場へと姿を変えている。白い綿菓子のように無害だったはずの水滴と氷晶の塊は、ある日を境に、飢えた猛獣へと変貌を遂げた。空か...
ちいさな物語

#624 デパートの別館で

次は私の番ですね。皆さんは、休日の大きなデパートへ行かれたことはありますか。にぎやかな照明と喧騒に息が詰まりそうで、とても怪談とは無関係な場所に思えるんじゃないでしょうか。でも実は私、そこでとても怖い思いをしたんです。数年前の夏、大混雑する...
ちいさな物語

#622 溝

携帯の画面が、短く震える。「暇なら、うちに来ないか」高校からの友人である佐々木の、ごく普通の誘いだった。ちょうど手持ち無沙汰だった私は、すばやくメッセージに返信し、上着を羽織って彼が暮らすマンションへと向かった。駅から徒歩五分、築年数は浅く...