次は私の番ですね。
皆さんは、休日の大きなデパートへ行かれたことはありますか。
にぎやかな照明と喧騒に息が詰まりそうで、とても怪談とは無関係な場所に思えるんじゃないでしょうか。
でも実は私、そこでとても怖い思いをしたんです。
数年前の夏、大混雑するデパートで人混みに酔った私は、少し具合が悪くなって静かな場所を探していました。
休憩用のソファやベンチはどこもいっぱいで、私は落ち着けそうな場所をさがして、どんどん奥へと進んで行きました。
別館への連絡通路を渡ったあたりでしょうか。奇妙な違和感を覚えました。
さっきまでの喧騒が消え失せ、気がつけば周囲には買い物客の姿が一人もありません。
別館といっても店舗があるはずですから、そこそこにぎわっているはずなんです。
すぐ近くの案内図の現在地は、なぜか不自然な白い四角で塗りつぶされていました。
頭がぼんやりしていたから、間違えて変なところへ入ってしまった……そう思ったんです。
普通なら引き返すはずですが、私はなぜか吸い寄せられるように奥へと進んでしまいました。
照明が消えかけた通路の先は、閉鎖された店舗に囲まれた、がらんとして冷え切った広場でした。
屋内なのに冷たい風が吹き抜けていました。
そしてその広場の中央に、奇妙な暗がりが存在していたのです。
なぜだかわかりませんが、私はその暗がりに引き寄せられ、自らその円の中に足を踏み入れてしまいました。
子供の頃、道端の色が違うタイルを踏んでみたくなる、あの感じに似ていました。
一歩踏み込んだ瞬間、全身の皮膚が粟立つほどの冷気が私を襲いました。
さっきまでうっすらと聞こえていた店内BGMが完全に途絶え、耳の奥でキーンという凄まじい耳鳴りが響き渡ります。
慌てて自分の足元を見下ろしましたが、そこには私の影が落ちていませんでした。
私が踏んでいるこの円形の暗がりそのものが、巨大な「何か」の影なのだと直感しました。
恐怖で引き返そうとしましたが、まるで地面に縫い付けられたように一歩も動けません。
その時、影の中心から、ゆっくりと何かが這い上がってきました。
それは、数十年前の流行を思わせる、ひどく色褪せた臙脂色の制服をまとった、エレベーターガールの姿でした。
彼女は直立不動の姿勢のまま、首だけをゆっくりと私の方へと傾けました。
彼女の顔には、目も、鼻も、口も、何一つ存在していなかったのです。
ただ平らで、蝋細工のように白い皮膚が、天井の割れたライトの跡を反射して鈍く光っていました。
顔のない彼女は低く掠れた声で囁きました。
「ご来店ありがとうございます。当フロアでは、迷い込まれたお客様の回収を実施しております」
彼女はそう言うと、背後から、錆びついた巨大な裁ち鋏を取り出しました。
鋏の刃が擦れ合う不快な金属音が、静寂に包まれた暗がりの中に響き渡ります。
彼女が鋏をゆっくりと突き出し、その冷たい刃先が私の喉元に触れようとした、その刹那でした。
私の上着のポケットの中で、スマートフォンが突然、場違いなほど明るいメロディで鳴り出したんです。
あとで確認したら、それはその日に会う約束をしていた友達からの着信でした。
なんて言えばいいんだろう。その現実の世界とのつながりが私を一気に元の世界に引き上げてくれたような、そんな感じでした。体が動いたんです。
私は叫び声を上げながら、無我夢中で走り出しました。
円形の暗がりから足が離れた瞬間、目の前の景色がぐにゃりと歪みました。
次の瞬間、私はまったく別の場所にいました。
眩しいほどの蛍光灯の光、そして何百人もの買い物客の話し声が、津波のように私の鼓膜に押し寄せました。
私がへたり込んでいたのは、にぎわっている婦人服売り場の真っただ中でした。
周囲の人々が、突然床に倒れ込んだ私を怪訝そうな目で見つめています。
私は這うようにして立ち上がると、脇目も振らずにそのデパートを出ました。
それ以来、私はその老舗デパートには一度も足を踏み入れていません。
あのデパートは、何度も増築を繰り返すうちに、何か変な空間でもできてしまったんでしょうか。
その空間は、今でも獲物が迷い込んでくるのを、じっと待っているような気がして怖くて仕方なくなりました。
私の話は、これで終わりです。


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