ファンタジー

ちいさな物語

#629 宇宙を湛える器

ある朝、坂本が目を覚ますと、六畳間の真ん中に白い洗面器が置かれていた。それはいたって平凡な、どこにでも売っているプラスチック製の洗面器だった。ただ一つ奇妙だったのは、その中に澄んだ水がなみなみと張られていることだった。坂本は首を傾げながら、...
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#628 時の器

遠藤はいつも、スマートウォッチの画面に表示されるデジタル時計と睨み合っていた。次のアポイントまであと十四分二十五秒、資料の修正に使えるのはわずか八分四十八秒。彼の頭の中には分刻み、いや秒刻みの予定表が広がっていた。無駄な時間は一秒たりとも存...
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#618 育つ山

工藤の趣味は登山だった。休日になるといそいそと山へ出かけて行く。その日は、初心者向けの低山で軽い登山を楽しむ予定だった。しかし、その日はいつもと違う奇妙な感覚に囚われていた。登り慣れたはずの軽めの山。しかし、気がつけば周囲の景色は見覚えのな...
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#610 黄金の鱗の竜

なあ、お前、あの山がどうして呪いの山になったのか知っているかい?今はただの荒れ果てた山だが、昔はあそこに見事な黄金の鱗を持つ竜が住んでいたんだよ。山もとても豊かでね。その頃はこの村もとても豊かな村だった。秋はたくさんの実りがあり、井戸の水も...
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#608 古道具屋の記憶

陽翔はるとは、自分の手が嫌いだった。物に触れるたび、その物のどうでもいい記憶ばかりが一方的に流れ込んでくるからだ。消しゴムを拾えば、昨日だれの机から転がり落ちたのか見えてくる。駅の手すりを握れば、この手すりに触れたであろう何人もの手のひらが...
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#605 勤務先の異世界支社に飛ばされたけど質問ある?

あ、どうも。聞こえてます? こっちからだと通信、不安定なんですよね、基本。ええ、そうです。まさに僕が、例のスレを立てた本人ですよ。「勤務先の異世界支店に飛ばされたけど質問ある?」ってやつ。まさかあんなに伸びるとは思いませんでしたけど、まあ、...
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#603 扉職人の理

なあ、あんた。そこにある古びた木の扉を見てくれよ。ただの板切れに見えるかもしれないが、こいつが完成したときには、ここから一歩踏み出すだけで遥か遠くの異国へ行けるようになるんだ。俺はこれを作る扉職人の弟子だ。師匠は、この道では知らない者がいな...
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#601 多すぎた祝福

王子の誕生に、二千もの妖精が祝福を授けた。完璧に生まれついた王子に、ただひとつだけ、足りないものがあった。
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#595 夜をつかまえた

なあ、信じてくれるか分からないけど、俺、「夜」を飼ってたことがあるんだ。いや、比喩じゃなくて文字通りの意味でさ。あの日、まだ空が白み始めたばかりの午前五時くらいだったかな。散歩に出ようとしたら、マンションの植え込みの下に、なんだか黒くてキラ...
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#591 時喰らいの呪い

王都に最初の春の風が吹き抜けた日、凶暴な「時喰らい」の首を馬上に下げた騎士団長アルドが黒鉄の門をくぐって帰還した。胸当ては深く裂け、肩には鋭い爪痕が四本、血はまだ乾ききっていない。それでもアルドは手綱を放さず、部下たちに指示をとばしている。...