不思議な話

ちいさな物語

#651 廃墟の苗床

廃墟を見て回るのが、私の唯一の趣味だった。崩れた壁、割れた窓、誰もいない廊下。終わってしまった場所にだけ漂う静けさが、昔から好きだった。その谷の噂を聞いたのは、同じ趣味を持つ男からだった。「地図に載っていない谷に、誰も知らない廃墟が何十棟も...
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#649 森の底で眠る調律の王

その森は、厳密にはどの国の領土にも属していないと言われていた。原生林が何キロメートルにもわたって広がり、航空写真で見てもただの深い緑の絨毯にしか見えない場所。私は地質調査の専門家として、ある特殊な地殻変動のデータを追ううちに、その未踏の森へ...
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647 硝子の瞳の人形

旅路の途中で、私は「ささやきの入江」と呼ばれる湖に立ち寄った。水際に腰を下ろし、旅の疲れで熱を持った足を冷たい水に浸そうとしたとき、指先に硬いものが触れた。引き上げてみると、それは泥にまみれたガラスの瞳を持つ小さな木彫りの人形だった。年月を...
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#645 日記帳のつながり

その日記帳は、神保町の路地裏にある古書店で、投げ売りされていたワゴンの底に眠っていた。日記帳などが売られているものかと不思議に思われるかもしれないが、これが稀にあるのである。遺品整理などで大量の書籍をそのまま古書店に売ると、そういった物が混...
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#643 待合室の扉

僕には、幼い頃からずっと誰にも言えない秘密がある。言えないというか、言ってもどうせ「ただの夢だ」と言われるだけの秘密だ。人は誰でも寝ている間に夢を見るけれど、夢に入る前に必ず通される場所があることを知っている人はいない。そこは、驚くほど真っ...
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#641 記憶をすする

森の影が長くなり、太陽が地平線の向こうへと沈みきった頃、私はその洋館を見つけた。周囲には獣の鳴き声ひとつ響かず、ただ風が木々を揺らす乾いた音だけが耳を刺していた。地図にも載っていない、およそ人が住んでいるとは思えない古びたレンガ造りの館だっ...
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#639 時を奏ねるクジラ

港の最果てにたたずむ赤レンガ造りの第五倉庫は、半世紀以上も前に閉鎖されて以来、人々の記憶から消え去り、置き去りにされたかのように静まり返っていた。夏の終わりの大規模な湾岸再開発計画に伴い、私は解体前の物品整理を行うアルバイトに応募したのだっ...
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#638 不在の証明

平日の午後の美術館は、まるで世界の底に沈んでしまったかのように静まり返っていた。私は特に目的もなく、ただ突然に降り出した激しい雨から逃れるために、その古い建物へと足を踏み入れた。湿った空気の漂う薄暗い展示室の最奥に、他とは明らかに雰囲気の異...
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#635 世界を彩る

ある朝、目を覚ますと、妻が私のことを「アジサイ」と呼んだ。私はまじまじと彼女を見たが、その表情は至って真面目だった。外出の準備をしようと、財布から運転免許証を取り出してみると、氏名欄には確かに太いゴシック体で「アジサイ」と印刷されていた。ス...
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#633 銀色の鳥

保科の目に見える世界はいつも色で満ちていた。彼は自他共に認めるほど強い霊感と、共感覚シナスタジアの持ち主だった。しかし、彼が見るものは、世間で恐れられているようなおどろおどろしい幽霊の姿ではない。保科の霊感が捉えるのは、人々がその場所で発す...