不思議な話

ちいさな物語

#629 宇宙を湛える器

ある朝、坂本が目を覚ますと、六畳間の真ん中に白い洗面器が置かれていた。それはいたって平凡な、どこにでも売っているプラスチック製の洗面器だった。ただ一つ奇妙だったのは、その中に澄んだ水がなみなみと張られていることだった。坂本は首を傾げながら、...
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#628 時の器

遠藤はいつも、スマートウォッチの画面に表示されるデジタル時計と睨み合っていた。次のアポイントまであと十四分二十五秒、資料の修正に使えるのはわずか八分四十八秒。彼の頭の中には分刻み、いや秒刻みの予定表が広がっていた。無駄な時間は一秒たりとも存...
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#626 居酒屋の観察者

私はお酒がほとんど飲めない。カシスオレンジを一杯飲むだけで顔が真っ赤になり、二杯目には頭痛が始まるほどだ。そんな私が、毎週末になると決まって居酒屋へ足を運ぶ。目的はお酒ではなく、おいしい食事とそこに集まる人間たちの営みだ。居酒屋という場所は...
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#623  三人のアオ

あれは、今年の梅雨が始まったばかりの、ひどく蒸し暑い日のことでした。私はSNSで知り合った「アオ」という人物と、初めて対面することになっていたのです。お互いに素性は知らず、アカウントのアイコンはきれいな青空の写真だけでした。数ヶ月の間、私た...
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#622 溝

携帯の画面が、短く震える。「暇なら、うちに来ないか」高校からの友人である佐々木の、ごく普通の誘いだった。ちょうど手持ち無沙汰だった私は、すばやくメッセージに返信し、上着を羽織って彼が暮らすマンションへと向かった。駅から徒歩五分、築年数は浅く...
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#621 山の神さまと生贄おみつ

これはいまからずっと昔、この村の奥にそびえ立つ高い山に、恐ろしいと思われていた神さまが住んでいた頃のお話だよ。その神さまはね、一年に一度だけ、村で一番うつくしい若い娘を生贄として欲しがると、みんなに信じられていたんだ。もし生贄を捧げなければ...
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#619 水底からの声

有馬はここ数週間、毎晩のように同じ夢にうなされていた。あたりは深く冷たい霧に包まれており、まるで水の中にいるかのような息苦しさがある。その霧の向こうに、一人の若い男がいた。男は有馬の目を真っ直ぐに見つめ、顔を真っ赤にして何かを必死に叫んでい...
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#618 育つ山

工藤の趣味は登山だった。休日になるといそいそと山へ出かけて行く。その日は、初心者向けの低山で軽い登山を楽しむ予定だった。しかし、その日はいつもと違う奇妙な感覚に囚われていた。登り慣れたはずの軽めの山。しかし、気がつけば周囲の景色は見覚えのな...
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#616 白いリレー

毎朝の通勤路は、決まりきった景色の繰り返しで退屈なものだった。しかし、その日の朝だけは、いつもと違う出来事が起きた。私の数歩前を歩いていた女性が、ポケットから何かを落としたのだ。それは、綺麗に折りたたまれた真っ白なハンカチだった。私は慌てて...
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#610 黄金の鱗の竜

なあ、お前、あの山がどうして呪いの山になったのか知っているかい?今はただの荒れ果てた山だが、昔はあそこに見事な黄金の鱗を持つ竜が住んでいたんだよ。山もとても豊かでね。その頃はこの村もとても豊かな村だった。秋はたくさんの実りがあり、井戸の水も...