不思議な話

ちいさな物語

#602 つまずく理由

夏の気配が混じり始めた午後の日差しを浴びながら、私は駅前の広場にあるベンチに腰を下ろした。手元には、コンビニで買ったばかりの少し甘すぎるカフェオレがある。午前中の会議で削り取られた精神を修復するには、このくらいの糖分がちょうどいい。ふと目を...
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#601 多すぎた祝福

王子の誕生に、二千もの妖精が祝福を授けた。完璧に生まれついた王子に、ただひとつだけ、足りないものがあった。
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#595 夜をつかまえた

なあ、信じてくれるか分からないけど、俺、「夜」を飼ってたことがあるんだ。いや、比喩じゃなくて文字通りの意味でさ。あの日、まだ空が白み始めたばかりの午前五時くらいだったかな。散歩に出ようとしたら、マンションの植え込みの下に、なんだか黒くてキラ...
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#585 月額親友サービス

俺とマコトは親友だ。いや、正確には、親友のサブスクで来てくれたのがマコトだった。月額九千八百円。高いのか安いのか、最初のころはよくわからなかった。でも、「よぅ、調子はどうだ?」と肩を叩いてくれる人間がいるだけで、ほっとする。それに、連絡をく...
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#583 風の楽器

その国の西のはずれに、風の鳴る谷と呼ばれる場所がありました。谷は細長く、大地を裂くように伸びていて、底はどれほど目を凝らしても見えません。谷に近づくと、いつも風が吹いています。強い日も、弱い日も、風は必ず音を立て、まるで誰かが笛を吹いている...
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#579 はさまれているもの

市立図書館で働きはじめて三日目、返却ポストの中から、私は一冊の古い短編集を手にしていた。背表紙は日に焼け、表紙もびっくりするほどぼろぼろだ。随分と古い本だなと、パラパラとめくってみた。すると、頁の間から薄い和紙に包まれた麦の穂が一本、はらり...
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#577 意識高い系ねこの哲学

雨の降る土曜日だった。路地裏の段ボール箱にいたのは、震える子猫……ではなく、どこか遠い未来を見据えているかのような眼差しをした一匹のサバトラ猫だった。「ニャア(お前、リソースに余裕はありそうだな。アライアンスを組まないか?)」猫の鳴き声と二...
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#576 雨を飼う

そのペットショップは、路地裏に隠れるように存在していた。看板には「気象標本・動植物取扱店」と掠れた文字で書かれている。気象標本とはなんだろう……私は興味本位で店内に足を踏み入れた。気象標本の例として店主の老婆から手渡されたのは、青白く光る小...
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#572 銀のティースプーン

市の外れにひっそりと佇むその洋館は、明治時代に建てられた実業家の別邸だったという。現在は市の資料館として公開されているが、訪れる人はまばらだ。赤レンガの壁には蔦が絡まり、窓ガラスは当時の手吹きガラス特有の歪みを湛えている。私と友人の結衣は、...
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#568 失せ物国境検問所

なくしたボタンに届いた一通の通知。〈あなたの持ち物は、失せ物の国の入国審査を待っています〉——。