ちいさな物語

#559 時刻表の王子様

私は通勤電車の同じ車両で、半年くらいずっと気になっていた人を眺めていた。背が高くて、コートをきれいに着こなしていて、顔がやたら整っている。スマホじゃなくて、本を読んでいるところもポイントが高い。ページをめくる指まで絵になる。そんな人が毎朝い...
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#558 チョークの決闘線

仕事帰り、人だかりを見つけて足をとめた。チョークで書かれた円の周りに、同じく仕事帰りみたいな大人が十人ほど、距離を取って立っていた。不思議と張り詰めた空気が漂っている。「ここ、何やってるんですか」と隣の男に聞くと、男は小声で「バトル」と答え...
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#557 ワン・タク

ある朝、駅前のロータリーに「本日より犬が運行します」という手書きの立て看板が立っていた。胡散臭い。誰かのいたずらだろうか。そう思って笑った俺の目の前を、馬くらいある巨大な犬が、すました顔で横切っていった。首輪には青いプレートで「空犬」と書か...
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#556 骨董品屋の返品帳

うちの骨董品屋には、返品帳という帳簿がある。売上帳の横に並べて置いてあるが、客に見せられるようなものではない。理由は単純で、あまりにみっともないからだ。骨董品屋をやっていると、どうしても一定数、戻ってくる品がある。割れたわけでも、欠けたわけ...
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#555 ヴィンテージ

ねえ、君は「物に魂が宿る」なんて話、信じるかな?付喪神なんて言葉もあるけれど、あんなおどろおどろしいものじゃない。もっとずっと、静かで、温かくて、それでいて少しだけ切ない……そんな不思議な出来事に、僕は出会ってしまったんだ。場所は、街外れに...
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#554 使い魔たち

自分が不思議な力を持っていることに気づいたのは子供のころのことでした。ある日、遊びのつもりでふと「ついてこい」とつぶやいたら、放し飼いにされていた犬がしっぽを振って僕の後をついてきたんです。田舎でしたからね、その辺に犬がいたんですよ。まあ、...
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#553 甘い行列

バレンタインを目前にしたある日、俺は百貨店の前にいた。目的は単純で、テレビの特番で取り上げられているような、凝ったバレンタインチョコレートをちょっと試しに買ってみようくらいのものだった。値段も高く、行列に並ぶ必要があることは事前に確認済みだ...
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#552 吠えられる理由

隣の家の犬は、俺を見ると必ず吠える。朝でも、夜でも、距離があっても関係ない。門の前を通るだけで、低く、しかし確信に満ちた声で吠える。他の人にはそうでもない。子どもには尻尾を振り、配達員には警戒の目を向けつつ黙っている。俺にだけ明確な敵意を向...
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#551 告白は戦争だと思っている

まず最初に言っておく。告白はイベントではない。儀式でもないし、雰囲気作りでもない。ましてや「気持ちを伝えるだけ」なんていう、ふわっとした概念では絶対にない。告白とは、準備九割九分、実行一分の情報戦であり、心理戦であり、環境構築ゲーである。俺...
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#550 知育菓子への耐性

最初に違和感を覚えたのは、知育菓子なのに硬すぎたことだった。説明書には「やさしく噛みましょう」と書いてあるのに、歯が折れそうなほど硬い素材だ。それでも俺は説明書通り、真剣に菓子を作成した。完成したそれは、どう見ても食べ物ではなく、さるぐつわ...