考えさせられる

SF

#653 地球最後のミルクティ

窓の外では、地表を覆う赤茶けた土と、低く垂れこめた灰色の雲が混ざり合っていた。この景色を見るのも最後になる。火星行きの最終移住便、第402便の搭乗手続きを告げるアナウンスが、無駄に広い出発ロビーに低く響き渡る。すでに地球の人口の99パーセン...
ちいさな物語

#651 廃墟の苗床

廃墟を見て回るのが、私の唯一の趣味だった。崩れた壁、割れた窓、誰もいない廊下。終わってしまった場所にだけ漂う静けさが、昔から好きだった。その谷の噂を聞いたのは、同じ趣味を持つ男からだった。「地図に載っていない谷に、誰も知らない廃墟が何十棟も...
ちいさな物語

#649 森の底で眠る調律の王

その森は、厳密にはどの国の領土にも属していないと言われていた。原生林が何キロメートルにもわたって広がり、航空写真で見てもただの深い緑の絨毯にしか見えない場所。私は地質調査の専門家として、ある特殊な地殻変動のデータを追ううちに、その未踏の森へ...
ちいさな物語

#643 待合室の扉

僕には、幼い頃からずっと誰にも言えない秘密がある。言えないというか、言ってもどうせ「ただの夢だ」と言われるだけの秘密だ。人は誰でも寝ている間に夢を見るけれど、夢に入る前に必ず通される場所があることを知っている人はいない。そこは、驚くほど真っ...
ちいさな物語

#642 何もない空き地

地方都市の片隅に、特別何の特徴もない空き地が存在していた。周囲を錆びついた金網フェンスに囲まれており、中は雑草が生い茂るばかり。通りかかる誰もが一瞥すらせず素通りするような、まったく顧みられない空き地だった。ある秋の午後のこと、互いに面識の...
ちいさな物語

#641 記憶をすする

森の影が長くなり、太陽が地平線の向こうへと沈みきった頃、私はその洋館を見つけた。周囲には獣の鳴き声ひとつ響かず、ただ風が木々を揺らす乾いた音だけが耳を刺していた。地図にも載っていない、およそ人が住んでいるとは思えない古びたレンガ造りの館だっ...
ちいさな物語

#639 時を奏ねるクジラ

港の最果てにたたずむ赤レンガ造りの第五倉庫は、半世紀以上も前に閉鎖されて以来、人々の記憶から消え去り、置き去りにされたかのように静まり返っていた。夏の終わりの大規模な湾岸再開発計画に伴い、私は解体前の物品整理を行うアルバイトに応募したのだっ...
ちいさな物語

#638 不在の証明

平日の午後の美術館は、まるで世界の底に沈んでしまったかのように静まり返っていた。私は特に目的もなく、ただ突然に降り出した激しい雨から逃れるために、その古い建物へと足を踏み入れた。湿った空気の漂う薄暗い展示室の最奥に、他とは明らかに雰囲気の異...
SF

#636 宇宙が交差する洞窟

地質学者のハヤトは、特別な許可を得て、未踏の洞窟「グラヴィティ・コア」の内部調査を単独で行っていた。この洞窟は、内部の重力異常が報告されており、最新の観測機器でも奥の構造が捉えられない謎の場所だった。ハヤトがライトの光を頼りに進むと、壁面に...
ちいさな物語

#635 世界を彩る

ある朝、目を覚ますと、妻が私のことを「アジサイ」と呼んだ。私はまじまじと彼女を見たが、その表情は至って真面目だった。外出の準備をしようと、財布から運転免許証を取り出してみると、氏名欄には確かに太いゴシック体で「アジサイ」と印刷されていた。ス...