考えさせられる

ちいさな物語

#629 宇宙を湛える器

ある朝、坂本が目を覚ますと、六畳間の真ん中に白い洗面器が置かれていた。それはいたって平凡な、どこにでも売っているプラスチック製の洗面器だった。ただ一つ奇妙だったのは、その中に澄んだ水がなみなみと張られていることだった。坂本は首を傾げながら、...
ちいさな物語

#618 育つ山

工藤の趣味は登山だった。休日になるといそいそと山へ出かけて行く。その日は、初心者向けの低山で軽い登山を楽しむ予定だった。しかし、その日はいつもと違う奇妙な感覚に囚われていた。登り慣れたはずの軽めの山。しかし、気がつけば周囲の景色は見覚えのな...
ちいさな物語

#612 地獄のゆりかご

地獄を見ることができるツアーがあるという、奇妙な噂を耳にした。普通の旅行代理店で行けるはずもなく、私は人脈を駆使してある男にたどり着いた。地獄観光ツアーは紹介制で、その参加枠を持っていたのは、臨死体験が豊富だというAさんだった。何度も死にか...
SF

#597 月の病

月面探査船が持ち帰ったのは、輝かしい成果だけではなかった。船長だった男が、最初に見せた異変は、長時間「月を見ている」――それだけのことだった。しかし彼の体内では小さな存在が蠢き、不可逆な変化をもたらしていた。それが、地球全体を静かな絶望へと...
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#590 新しい正装

かつて、ネクタイを締め、窮屈なジャケットに身を包んで通勤していた時代があった。今となっては、それは歴史の教科書に載る「非効率な時代の奇習」として片付けられている。在宅勤務が完全に定着した現在、社会の価値観は一変した。「移動時間は無駄」「化粧...
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#585 月額親友サービス

俺とマコトは親友だ。いや、正確には、親友のサブスクで来てくれたのがマコトだった。月額九千八百円。高いのか安いのか、最初のころはよくわからなかった。でも、「よぅ、調子はどうだ?」と肩を叩いてくれる人間がいるだけで、ほっとする。それに、連絡をく...
SF

#584 銀河の果ての拾い物

銀嶺114年 4月6日宇宙船の旅は、地上で暮らす人々が夢見るような煌びやかな冒険ではない。少なくとも、貨物運搬船『龍宮号』の操縦席に座っている僕にとってはそうだ。窓の外に広がるのは、どこまでも続く漆黒の闇と、針で突いたような光の粒。初めて宇...
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#578 大「代行」時代

いやもう、マジで現代社会の効率化ってのはどこまで行っちゃうんですかね?皆さんもご存知でしょう、数年前に流行った退職代行。そのとき僕はまだ笑っていました。いやまあ、気まずいもんな、とは思ったわけです。上司に「辞めます」と言うの、胃がきゅっとし...
ちいさな物語

#568 失せ物国境検問所

なくしたボタンに届いた一通の通知。〈あなたの持ち物は、失せ物の国の入国審査を待っています〉——。
ちいさな物語

#563 夢の途中で

最初に気づいたのは、たぶん2月の終わり頃だったと思う。その日の夢はやけに鮮明だった。それ自体はたまにあることなんだけど、このときはもっとおかしな夢だった。「遅刻だ!」って大慌てで駅の階段を駆け上がっていく。でも改札前で定期が見つからない。泣...