#601 多すぎた祝福

ちいさな物語

王子が生まれた夜、王城の塔という塔に灯りがともされました。

そして百年ぶりの王子誕生を祝うため、国中の妖精が招かれたのです。

普通なら十人、多くても二十人ほどです。

ですがその年は豊穣の年で、妖精たちも上機嫌で気前よく王子の祝福に訪れました。その数、二千にものぼったと記録に残っています。

金色の羽を持つ妖精は「勇気」を。

銀の髪の妖精は「知恵」を。

湖の妖精は「美貌」を。

森の妖精は「健康」を。

炎の妖精は「剣の才」を。

海風の妖精は「愛される力」を授けました。

それは夜明けまで続き、揺り籠の周囲は妖精たちの祝福の光でまぶしいほどでした。

王も王妃も涙を流して喜びました。

「この子は、史上もっとも偉大な王になる」

誰もがそう信じました。

実際、王子は完璧でした。

三歳で古代語を読み、五歳で馬を乗りこなし、八歳で騎士団長を剣術で負かしました。

病ひとつせず、どんな相手にも優しく、話をすれば誰もがその言葉に感動しました。

王子が庭を歩けば花が咲き、鳥は肩へとまり、争っていた貴族たちですら握手を交わしました。

ですが、不思議なことに、王子には友達ができませんでした。

皆、彼を敬いました。

愛しました。

けれど近づけなかったのです。

あまりに正しく、うつくしく、賢すぎた。

人々は王子の前に立つと、自分の醜さや愚かさを勝手に恥じました。

子どもたちは遊びに誘えず、家臣たちは冗談ひとつ言えない。侍女たちは目が合うだけで泣きそうになりました。

王子は成長するにつれ、だんだんもの静かになっていきました。

十五歳の誕生日の宴でも、王子はうつくしく微笑みながら、必要以上に口を開くことはありませんでした。

楽師が演奏し、詩人が賛歌を捧げ、貴婦人たちは頬を染めました。それでも宴はなんとなく静かに感じられました。

誰もが完璧な王子の前で失敗することを恐れていたのです。

その夜、王子は城のバルコニーで一人、夜景を見下ろしていました。

そこへ、見慣れない小さな妖精が現れました。

灰色の羽に、くしゃくしゃの帽子。どう見ても高貴な妖精には見えません。

「こんばんは」

王子が声をかけると、妖精は鼻をすすりました。

「招待状、届くのに十五年かかっちゃってねぇ」

王子は少しだけ目を丸くしました。

「十五年?」

「ずっと木に引っかかっていたのさ。今朝、強い風が吹いたからようやく届いたんだ。急いできたけど、途中で昼寝したから夜になってしまったよ」

妖精はそう言って笑いました。変な笑い方でした。ケケケ、と喉に引っかかるような笑いです。

王子は困った顔をしました。

「急いでいたのに昼寝をしたのですか?」

「そうだよ。僕は失敗の妖精」

王子はまた首を傾げました。でも何となく胸の奥がうずうずとするような感覚があったのです。

「あなたが私に祝福を?」

「そうですとも」

妖精は王子の額を、小枝のような杖で軽く叩きました。

「特別な祝福だ」

何も起きませんでした。

光も風もなく、祝福らしさは欠片もありません。王子はまた少し首を傾げました。

「これだけですか」

「これだけさ」

妖精はけろりと言いました。

王子は黙りました。

「完璧なのは神様。人間が完璧なのはよくないよ」

そう言って妖精は去っていきました。

翌朝、王子は朝餐の席でスープを盛大にこぼしました。

王妃は青ざめ、侍女たちは震え上がりました。

けれど王子は、ぽかんと自分の服を見てから、突然吹き出しました。

「あはは! ごめんよ、手が滑ってしまって」

今まで聞いたことのない王子の大きな笑い声でした。

つられて侍女が笑い、料理人も笑い、最後には王と王妃まで笑いました。

「誰か新しいスープを。いや、火傷はしてないかい?」

王が思い出したように王子を気遣いました。

「気をつけなくてはダメよ」

初めて母親らしいことを言えた王妃は涙ぐんでいました。

その日から、王子は変わりました。

演説の途中で言い間違えたり、馬から落ちたり、庭師と泥だらけで喧嘩したりしました。

能力は今まで通り、祝福を受けた者として完璧でした。ごくたまに人間らしい失敗をするようになったのです。

でもね、王子は今までの何倍もみんなに愛されました。しかも失敗した本人が一番笑うのですから、周りも思わず笑顔になってしまいます。

笑い声の中心にはいつも王子の姿がありました。

子どもたちは鬼ごっこに誘い、騎士たちは王子の肩を叩き、侍女たちは王子にも世間話をするようになりました。

王子は相変わらずうつくしく、賢く、強かった。けれど以前ほど遠い存在ではなくなったのです。

ある日、王子は老いた学者に尋ねました。

「なぜみんな以前とは違うのでしょう」

王子にとっては、みんなの方が気安い人々に変わったように感じていたのでした。

学者は答えました。

「変わったのは殿下の方です。人は神を崇めますが、一緒に食事をしたり、笑いあったりはできないものです」

王子は妖精の言葉を思い出していました。人間が完璧なのはよくないというのはそういうことなのか。

後世の歴史書には、こう記されています。

『王子は二千の祝福で偉大になり、最後のひとつの祝福により人間になった』と。

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