昔々、あるところに、それはそれはうつくしい小さな国があったんだよ。
その国は一年中、やさしい桃色の花が咲き乱れていてね、まるでおとぎ話のような場所だったんだ。
人々はみな豊かで心やさしく、争いごとはほとんど起きなかった。
その国は少年の姿をした「花の神様」に守られた国だったからだ。
神様は桃色の薄衣をまとって、いつもニコニコと人々の暮らしを見守っていたんだ。
人々が種をまけば恵みの雨を降らせ、時期になればたくさんの花を咲かせ、秋には多くの実を結ばせる。
涙を流す人がいればそばに寄り添い、怒れる人がいれば花を差し出す。本当に慈悲深い神様だったんだね。
人々は神様を信奉し、敬愛をこめて毎日きれいな水と感謝の祈りを捧げていたんだよ。
けれどね、幸せな時間というのは、いつまでも続くわけではなかったんだ。
ある時、隣にある大きな国が、この豊かな小国を奪おうと攻め込んできたんだ。
大きな軍隊が押し寄せて、平和だった村々は次々と炎に包まれてしまった。
それまで穏やかだった人々の心には、言いようのない恐怖と、そしてどす黒い憎しみが芽生えはじめたんだよ。
「神様、どうかあいつらを追い払ってください」
最初はそう願っていた人々だったけれど、犠牲が増えるたびに、その願いは恐ろしいものへと変わっていったんだ。
「神様、どうかあいつらを皆殺しにしてください」
「あいつらに地獄を見せてやってください」
人々は、やさしい神様に、血の通わないような残酷な願いをぶつけるようになったんだ。
人間を深く愛していた神様は、その願いを聞いて、何度も何度も首を振ったんだよ。
「憎しみは連鎖する。もっと悲しいことが起こるよ」と、神様は泣きながら訴えたんだ。
けれど、家族を殺されて怒りに狂った人々には、そのやさしい声はもう届かなかったんだね。
ついに敵の刃が神様の愛する子供たちに届こうとしたそのとき、神様は静かに立ち上がったんだ。
神様は涙を流しながら、国中の花をすべて散らしてしまった。それは最後の花吹雪になり、人々はその一瞬だけ戦を忘れてその光景に見入っていた。
その直後、少年の姿はみるみるうちに大きく、たくましくなり、髪は燃え盛る炎のような赤色に変わったんだよ。
やさしかった瞳は鋭い黄金色になり、その手には身の丈ほどもある巨大な大剣が握られていたんだ。
花の神様は、恐ろしい「戦神」へと姿を変えてしまったんだね。
その姿はあまりにうつくしく、そしてあまりに恐ろしかった。
その剣の一振りで馬は裂け、鎧は砕け、人は草を刈るように倒れた。
二振りで大地が割れて鳴動し、三振りで川が沸騰したように赤く染まった。
風に舞うのは桃色の花びらではなく、ぬるい血飛沫だった。
戦神が進むたび、敵兵の列は無惨にも鉄くずと肉片になり崩れ落ちていく。
叫び声は山にこだまし、あまりの惨状に味方の兵までも膝をついた。
それはもう、この世のものとは思えないほど凄惨で、恐ろしい光景だったんだ。かつてうつくしかったこの国の大地は、どこもかしこも死体で埋め尽くされた。
そのときになってようやく人々は、ハッと我に返ったんだ。
目の前にいるのは、自分たちが愛したやさしい神様ではない。ただ無慈悲に命を奪い続ける、鬼神のようだった。人々は自分たちの願ったことの末路に気づいて愕然としたんだ。
「もうやめて!」
「人殺し!」
人々はあろうことか、自分たちの願いを聞き届けてくれた神様に向かって罵詈雑言を浴びせはじめた。
人々は気づいてしまったんだよ。
自分たちが願ったことがどれほど醜いことだったのか。それは誰かのせいにしなくては耐えられないほど醜い願いだったんだ。
「私たちのうつくしい国を血で汚しやがった」
人々は後悔と羞恥を神様への怒りにすり替えて、あのやさしい神様を国から追い出してしまったんだ。
戦神となった神様は、何も言わずにただその国から立ち去った。
自分たちの醜さをなかったことにしてしまった人々に、罰をお与えになることはなかったんだ。
神様は最後まで人々を愛していて、すべてをお許しになったんだろうね。
でも、守るべきものを失った神様が、どこへ行ったのかは、誰も知らないのだそうだよ。
さて、神様の加護を失ったその国が、その後どうなったか知りたいかい?
皮肉なことにね、神様を失った小国は、すぐにまた別の国に攻め込まれてしまったんだ。
ほどなく、その小国は地図から消えてしまった。
人々が自分たちの醜さを認めて、戦神として国にとどまってもらっていたら、少なくとも国を失うことはなかったろうに。
人々が最後に見たのは、かつて神様が咲かせてくれた桃色の花ではなく、国が燃え落ちる真っ赤な炎だったそうだよ。
だからね、お前も自分が間違ったことをしたと思ったら、絶対に誤魔化したらだめだ。もっと大きなものを失ってしまうことになるからね。
それと、誰かが自分のためにしてくれたことを決して忘れてはいけないよ。
そうしないと、いつの間にか一番大切なものを、自分の手で壊してしまうことになるからね。


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