友だちの慎也が猫を飼っているというので、猫好きの私は見せてもらいに行った。
でもそのリンリンと呼ばれている猫はどこからどう見ても猫の着ぐるみを着たおっさんだった。
「ずいぶんと……でかい猫だね」とコメントした後が続かない。
しゃべったりはしないが動きも完全におっさんだ。しかも普通に二本足で歩いている。慎也は普通に猫として扱っているが、その光景がシュール過ぎる。
リビングのソファに深く腰掛け、テレビのプロ野球中継を眺めているリンリンの背中は、中年男性特有の丸みを帯びていた。
茶トラ模様の毛皮(どう見ても安物のフリース生地だ)の隙間から、白髪混じりのうなじが覗いている。彼は時折、ポリポリと脇のあたりを掻き、ふう、と重苦しいため息をついた。
「ほらリンリン、ちゅーるだよ」
慎也が笑顔で差し出したのは、お馴染みの猫用おやつだ。
リンリンはテレビから目を離すと、面倒くさそうに手を伸ばした。
彼はキャップを歯で噛み切って器用に外すと、ダイレクトに口をつけて中身を吸い込み始めた。その姿は、仕事終わりに栄養ドリンクをあおる中間管理職のようだった。
「慎也、あのさ……リンリンは猫なのか?」
私は耐えきれずに小声で尋ねた。
「何言ってるんだよ。どこからどう見ても可愛いスコティッシュフォールドだろ? ほら、耳が垂れてる。ちょっと犬っぽい性格だけど、ちゃんと猫だよ」
慎也は心底不思議そうに首を傾げた。
確かに着ぐるみの頭部には申し訳程度に折れ曲がった耳がついているが、その下にある顔は、無精髭を生やした五十代後半の渋いおっさんの顔面が、メッシュの隙間からうっすらと透けて見えている。
「いや、でも、二本足で歩いてるし、サイズ感も俺たちと変わらないだろ」
「最近の猫は発育が良いからね。エサがいいんだ。あ、リンリン、カーテンにのぼったら危ないよ」
慎也が注意すると、カーテンに取りついていたおっさんは「チッ」と舌打ちをした。
そして、今度はリビングの隅にある巨大な段ボール箱に体をねじ込もうとし始めた。
いや、ムリムリ。入らないだろ。
「狭いところが好きなんだ」
慎也は楽しそうに微笑んでいるが、私には、定年退職した父親が居場所を失って部屋の隅にうずくまっているようにしか見えなかった。直視しがたい。
巨体が無理に段ボールに入ろうとするため、バリバリと不穏な破壊音が響いている。
「なあ、慎也。リンリンって、普段は何を食べてるんだ?」
「基本はカリカリだよ。たまに贅沢して缶詰。でも最近、なぜか減りが遅いんだよね」
その時、私は見逃さなかった。
リンリンの着ぐるみのポケット(なぜかお腹のあたりにポケットがついている)から、乾き物のイカの燻製の袋がチラリと覗いたのを。さらに、彼の足元には、いつの間にか空になったビールの空き缶が転がっていた。
「……慎也、あそこにビールの缶が」
「あー、僕が昨日飲んだやつかな。片付け忘れてた」
慎也は全く疑っていない。いや、信じたくないだけなのかもしれない。
夕方になり、私が帰ろうと立ち上がると、リンリンも段ボールから這い出てきて、玄関までついてきた。
「じゃあな、慎也、……リンリン」
私が手を振ると、リンリンは興味なさそうにフンッと鼻を鳴らした。
ドアが閉まる直前、リンリンがポケットからスマートフォンを取り出し、慣れた手つきで画面をフリックし始めたのが見えた。
帰り道、私はあのおっさん猫のことが頭から離れなかった。
あれは一体何者なのだろう。なぜ猫の着ぐるみを着て、慎也の家で暮らしているのか。いや、もしかして本当に猫で私だけ違うものが見えているのか?
そういえば慎也は一人暮らしで、さみしそうにしていた時期があった。リンリンが来てから、慎也はとても生き生きしている。
猫なのか、おっさんなのか、そんなことは大した問題ではないのかもしれない。二人の間には、確かに奇妙な絆が存在していた。
私はスマホを取り出し、慎也にメッセージを送った。
『今日はありがとう。今度はリンリンにお土産として、マグロの刺身と日本酒を持っていっていいか?』
すぐに慎也から返信が来た。
『いいよ! リンリン、お刺身が大好きなんだ。でも日本酒は猫に毒だから、僕が代わりに飲むね!』
いや、リンリンは日本酒飲むよ――


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