#019 薔薇色の嘘

ちいさな物語

片田舎に佇む古びた屋敷に住むお嬢様、クラリッサは、目が見えない。彼女の目は開いているが、光も色も感じることができない。それでも、彼女の世界は鮮やかだった。執事のアルフレッドが、彼女に毎日「景色」を語ってくれるからだ。

「今日は曇り空です。灰色の雲が重たげに空を覆い、庭の薔薇は少し俯いております。」
「まあ、そんな日は暖炉の火を眺めるに限るわね。アルフレッド、暖炉の火はどう?」

クラリッサはアルフレッドが語る風景を愛していた。アルフレッドは、彼女の世界を形作る存在だった。

しかし、アルフレッドの心には秘密があった。彼が語る庭の景色は、全て嘘だったのだ。この屋敷の庭には薔薇など咲いていない。クラリッサの家は爵位を持つ名家だが、実のところその栄光にはかげりが見えていた。荒れ果てた庭は雑草ばかり。美しい庭も、そこへ集まる小鳥や小動物も、彼女が信じる美しい世界は彼が作り出した幻想だった。

ある日、クラリッサがふと尋ねた。「アルフレッド、私の目が見えるようになったら、同じ景色が見えるかしら?」
アルフレッドは少しだけ息をのむ。それに気づかれないようひときわ穏やかな声で答えた。「お嬢様には、もっと美しいものが見えることでしょう。」

その晩、アルフレッドは深い溜息をついた。嘘をつき続ける苦しさと、クラリッサが真実を知る日への恐れが彼を蝕んでいた。だが、彼女が喜ぶ顔を見られるのなら、その嘘を手放すことができない。

次の日、クラリッサはいつものように窓辺に座り語りを待った。「アルフレッド、庭はどう?」しかしアルフレッドは言葉を失う。彼が見つめる庭に一輪の薔薇が咲いていたのだ。

その薔薇は彼が何年も前に植えたものだった。庭師でもない彼にはどうすれば薔薇がうまく育つのかわからず、枯れてしまったものと思いこんでいた。

「見事な薔薇が咲いております、お嬢様。」アルフレッドは初めて嘘ではなく真実を語った。そして、その薔薇を見つめながら、自分の嘘がほんの少し報われたような気がした。

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