あの日、雨が降っていたんです。急に降ってきたんで、あわてて入った駅の地下街に入ったんですよ。普通に雑貨屋とか服屋やカフェが並んでいる本当にごく普通の地下街だったんです。雨がやむまでちょっとゆっくりしちゃおうかなって思って、あまり土地勘はなかったけど、見てまわることにしたんです。けれど、どこで道を間違えたのか、気づいたらちょっと……何というか、「変な場所」に出ていたんです。
明らかに雰囲気が違っていました。さっきまでは明るくて、若い人もいっぱい歩いていてきらきらした感じだったんですけど、そこは薄暗い照明、古びた看板。店の名前も、商品に書かれた文字も、何か奇妙で――日本語でも英語でもないんです。どこの国の文字かというのもまったく見当がつかない感じでした。店内を覗くと、ガラスケースに並んでいるのは奇妙な形の道具や色の抜けた布切れのようなもの。それらを買おうとしている人たちも、どこか人間離れした顔立ちでした。変なんですけど、だんだん記憶が薄れてしまってあまり明確に思い出せないんです。人間に近いけど、人間じゃないという感じで……。
怖くなって引き返そうとしたんですが、出口がわからない。歩けど歩けど、見えるのは同じような薄暗い通路ばかりで。それでも遠くから妙な囁き声が聞こえてくるんです。言葉の意味はわからないのに、不思議と耳に引っかかる、そんな声。
やがて、一人の女性が近づいてきました。長い黒髪をゆらし、どことなく影のような気配を纏った人でした。彼女は、ちょっと人間に近かったような気がします。手に小さなランプのようなものを持っていて、私をじっと見つめると何かを話しかけてきました。でもやはり日本語ではありません。何かの古い詠唱のような、歌のような響きがあって……なぜかわからないけど涙がこぼれたんです。
彼女は微笑むと私の手を引き、黙って歩き始めました。そして気づけばいつもの地下街の明るい通路に戻っていました。振り返ったけれど、彼女もあの暗い通路ももう見えない。ただ、手にはいつの間にか小さな金属の飾りが握られていて――それがいまだに何なのかわからないまま、私の手元に残っています。ほら、これ。ご覧になりますか?
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