#026 中山道の旅

ちいさな物語

「おい、そこの若者!」と呼び止められたのは、中山道の宿場を抜けて少しした頃だった。振り向くと、一人の侍風の男が立っていた。いや、侍風というのも妙な表現だが、何せその格好が奇妙だったのだ。立派な刀を腰に差しているものの、着物は古びて裾がほつれ、草鞋も片方だけ違う種類だった。侍には違いないだろうが、なんか妙な具合だ。

「少し、道案内を頼みたいんだが……いや、まあ正直に言えば、迷ったのだよ。同道してもらえないだろうか」
そう言いながら、彼は商人である自分に頭を下げてきた。侍というのはもっと尊大であるものかと思っていた私はたいそう驚いたが、何だか憎めない。侍が一緒なら道中の安全は確保されたようなものだ。それよりなにより面白そうな旦那だったので、ちょっと渋ったような表情をしてもったいつけてから了承した。

道中、彼は饒舌だった。聞けば、もとは城勤めの侍だったが、今は「修行の旅」と称して諸国を巡っているのだとか。もっとも修行というよりは食べものと寝る場所探しに終始しているらしい。全然修行になっていないようだ。

「あそこの宿場町ではな、蕎麦が絶品だった。しかし財布が軽くて払えず、皿洗いをさせられたんだ」
侍が皿洗いか。私は大いに笑い転げた。
「その刀は役に立たんのか?」と私が尋ねると、彼は微笑んでこう言った。
「いや、刀なんぞ抜いたことがないさ。だが、これがあると立派に見えるだろう? それに抜いたところで転んだらどうする。怪我をするではないか」
私はまた腹がよじれるほど笑った。

楽しい道中ではあったが、危険なこともあった。山賊と見られる男たちが現れたのだ。
「ほう、お侍様。ずいぶんとご立派な刀じゃねえか。」
数十人のという人数のためか山賊は強気である。
「それを置いていけ!」
お侍様といえどもさすがにこの人数が相手では分が悪い。私は震えあがった。仕入れた商品の入った荷を置いていけば命ばかりは助けてもらえるかもしれない考えていた矢先、侍は声をはりあげた。
「うぬらわしを誰だと心得る。ただでは済まぬぞ!」
やはりお侍様はお侍様か。期待に胸が高鳴った次の瞬間、侍は突然叫んだ。「見ろ、あそこに化け物が!」
山賊連中が振り向いた瞬間に、侍は私の腕を引いて全力で走り出した。

「あんた、逃げるのだけは早いな!」と私が言うと、侍は満足げに笑った。
「刀よりも脚が命さ、長生きしたいならな!」

結局その日、彼と別れたのは次の宿場町だった。最後に私が「どこまで旅するつもりだ?」と聞くと、彼は笑いながら答えた。
「さあ、どこまででもだ。風が吹く限り、な!」

彼は飄々と去っていく。私の方はあの妙に愉快な侍の姿が頭から離れなくなってしまった。また会えたなら、ぜひとも旅をともにしたい。

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