#028 地下鉄の幽霊が陽キャだった件

ちいさな物語

終電の地下鉄って、静かで好きなんだよな。疲れた人たちがほとんど無言で座ってる、あの感じが妙に落ち着く。俺も仕事帰りでヘトヘトだったから、席に腰を落ち着けてスマホで推しのライブ動画でも見ようと思ったんだ。

でも、その日は違った。車両の端っこで、一人だけやけにテンションが高いやつがいたんだよ。金髪の男で、手を振り回したり、何かに大声で話しかけたりしてる。でも周りに誰もいない。周りはあえて気にしないように目をそらしているようだった。

最初は、「酔っ払いかな」と思ったけど、よく見ると、その男の向かいの空間に何かいる。いや、正確に言えば、「いないはずなのに、いる感じがする」っていう妙な感覚だった。

なんて言うんだろう、空気がそこだけ揺らいで見えるんだよ。そして、その揺らぎに向かって男は話しかけたり、笑ったりしている。

怖くなって目をそらそうとしたけど、どうも気になって目がいってしまう。すると、金髪の男が急に俺の方を振り向いて、「なあ、あんた、見えてるんだろ?」ってニヤっと笑った。

ゾクッとしたね。見えてるって言われても、見えないけど「いる」って感じるものをどう説明すればいいんだよ。俺は固まったまま何も言えなかった。

すると男は、「まあいいや!」って笑い飛ばして、またその空間と話し始めたんだ。楽しそうに、まるで友達と話してるみたいに。

車内の他の人たちは完全に無視を決め込んでた。でも、俺だけは目を離せなかった。その「空間」に向かって、男は「おう! またな!」とか言いながら手を振った。

次の駅で、男はふらっと降りた。俺も降りたかったけど、なぜか足が動かなかった。降り際に、男が振り返って俺に言ったんだよ。

「見えてるんならあんたも仲良くしといた方がいいよ。案外いいヤツだし、いろいろ取りはからってくれるんだぜ」

そのまま笑いながら去って行った。

その日から、終電の地下鉄が少しだけ怖くなった。でも不思議と、あの男の陽気さは忘れられない。幽霊がいるかどうかは分からないけど、あの「揺らぎ」は、今も頭の片隅に残ってるんだ。

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