#031 後宮の影に咲く花

ちいさな物語

後宮の暮らしは、美しく輝いているように見えるだろう。煌びやかな着物をまとった妃たちが宮殿を歩き、香が漂う中、静かに時が流れていく。けれど、そこに仕える下女の世界は、泥で濁った沼のようなものだ。誰かが足を取られて沈むのをみんな期待して待っている。

私は最初からそんな沼の底にいた。誰からも名前で呼ばれず、「おい」とか「そこの」とだけ言われる毎日。奴隷のようにこき使われ、他の下女たちにすらあざ笑われる。ある日、いつも私をいびる女官が、大事な壺を壊した。それを「お前がやったんだ」と責め立てられたとき、心の中の何かが折れた。

「いつか見返してやる」

その誓いが、私を変えた。

あの女官が目を離した隙に彼女の周りにさまざまな細工をほどこした。噂話を盗み聞きし、関わりのある下女たちの弱みを握り、ちょっとしたお願いを聞いてもらう。妃たちの言い争いをそっと焚きつけ騒ぎを起こす。そのすべての事件であの女官が目立つように仕向ける。私の小さな、でも綿密な罠はいとも簡単に彼女を消し、さらに周囲に小さな波紋を起こした。頭を使えば望みは簡単に叶うのだ。

そんな中、私はある妃に仕えることになった。麗妃──その名の通り美しいが、噂では恐ろしく冷酷な女性だ。初めは不安だったが、彼女は意外にも私に目をかけてくれた。

「あなた、賢いのね。わたくしが何も気づいていないと思って?」

あの女官を陥れたことに気づかれていた。とっさに逃げようとする私の袖を麗妃はつかむ。

「心配しないで。賢い子は好きよ。仲良くしましょう」

麗妃は私を利用してほかの妃たちを蹴落とそうとたくらんでいたのだ。お望み通り私は女官を陥れたときと同じ手口で他の妃たちの秘密を暴き、小さな罠をいくつも仕掛けた。それが何もかも面白いくらいにうまくいく。麗妃の敵はことごとく消えていった。その代わり、彼女は私に食事や衣服を分け与え、少しずつ私の地位を上げてくれた。最終的に麗妃付きの侍女としては一番の地位を得て、陛下の姿を目にする立場にまでなった。

「勝った。」

そう信じた。麗妃が後宮の頂点に立ったその日、私は彼女の側近として認められる寸前まで行った。だが、麗妃はふと微笑みながら、こう言った。

「今まで本当にありがとう。でもあなた、頭がよすぎるわ。」

その言葉の意味を理解したときには遅かった。私は麗妃にとっても脅威とみなされたのだ。なぜそうなることに思い至らなかったのか。悔やんでも悔やみ切れない。気づいていれば打つ手はいくらでもあったのに。

多くの妃たちを陥れたことで、後宮には数え切れないほどの敵を作っていた。下女たちも、今や私を見る目が冷たい。彼女たちが私を見下していた頃とは違う。「恐れる目」。私が成り上がるためにしてきたことが、私を孤独の檻に閉じ込めていた。

でも――。

もう一度やれる気がする。前よりもさらに難しいと思うとなぜか体がぞくぞくと震えた。そうだ。次は麗妃をここから追放してやる。いや、もっと難しい方がおもしろい。極刑にしてやろう。幸い彼女の内情は誰よりもよく知っている。

鏡に映る自分の顔は、醜く歪んでいる気がした。後宮に咲く美しい花々、私はその影に毒を含んでひっそりと咲いている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました