私は長いことこの旅を夢見ていた。地球から遠く離れた惑星シリウスBまで、一気にワープする宇宙旅行。だが、ただのワープではない。途中には「星間トンネル」と呼ばれる特別な空間があるのだ。
星間トンネルとは、宇宙の裂け目を利用して通常の空間とは異なるルートを通る技術だ。ワープとは違い、短時間だけ未知の空間を旅する。その間、人の時間の感覚は少し狂うことがあるらしい。だが、それを楽しむのがこの旅の醍醐味だと聞いていた。
宇宙船《ヴェガ・スプリント》は、トンネル突入の準備に入った。船内の明かりが少し落ち、警告灯が静かに点滅する。私はシートにしっかりと体を固定した。
「大丈夫ですよ。初めての方には少し不思議に感じるかもしれませんが、私は何度もこのルートを案内しています」
そう声をかけたのは、アテンダーのグレッグだった。彼は旅客専門のガイドで、星間トンネルを通る乗客を安心させるのが仕事らしい。
「このトンネルの中では、時間や空間が少し揺らぐことがあります。過去の記憶が鮮明になったり、未来の自分を垣間見たりすることもあります。でも、決して恐れないでください。すべては安全な体験です」
彼の穏やかな口調に、私は少し気が楽になった。
そして、その瞬間だった。
船の窓の外が、一瞬で漆黒の闇に変わったかと思うと、次の瞬間、万華鏡のような光の粒があたりを埋め尽くした。青、緑、紫、黄金色の光が渦を巻き、視界を飲み込んでいく。
ふと、私は自分の手を見た。指先が淡く光を放ち、空気のように透けている。そして、何かが聞こえた。
「おかえり」
振り返ると、そこには幼い頃に亡くなった祖父の姿があった。
「じいちゃん……?」
時空がゆらぐということだったのでぼんやりと何かが感じられるくらいのものだと思い込んでいたが、祖父の姿はおどろくほど鮮明だ。思わずその胸に飛びつきたくなる。「仕事が終わったら一緒にみかんを食べよう。その前に宿題をやっておくんだ。いいね?」祖父の顔は静かに微笑みをたたえたまま、ゆっくりと光の中へ溶けていった。もう忘れていたが、確かにそんな日があった。
「……何か見えましたか?」
声に我に返ると、グレッグが静かに私を見ていた。
「い、いえ……」
動揺した私はとっさにそう答えたが、心の中にはまだ祖父の温かい声が残っていた。
光の渦が収まり、宇宙船は再び静かな航行に戻った。
「ただ今、星間トンネルを通過しました。みなさん、いかがでしたか。時空のゆらぎを感じられた方もそうでない方も特別な体験となったのではないでしょうか」
グレッグはそう言い、少しだけ誇らしげに笑った。
私の宇宙旅行は、目的地に着く前から、かけがえのないものになっていた。
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