#036 終末のハイウェイ

SF

気がついたら、世界は終わっていた。
 
地震があったのか、噴火があったのか、核爆弾でも飛来したのか、一瞬にして疫病が流行ったのか、それらが同時多発的に起こったのか、報道機関も壊滅してしまったので厳密な原因は分からない。ただ、都市は瓦礫と化し、人影はほとんど消えた。
 
生き残っているのは、ごくわずか。俺はその一人で、もう一人——名も知らぬ男と歩いている。
 
「どこへ行くんだ?」
 
ふと、男が口を開いた。
 
「分からない。お前は?」
 
「さあな」
 
会話はそれだけだった。終末の世界では、言葉はあまり意味をなさない。どこへ向かっても、もう人の足で行ける場所には何もない。それがわかるほどに時間が経っていた。
 
世界がこうなる前、映画や漫画では、終末の世界で人々は食糧を奪い合い、騙し合い、殺し合い、目も当てられない状況になる様子が描かれていたが、実はそんなことをするほど人類は生き残っていなかった。だから俺は近所の大型スーパーに売っていた水や保存食をほぼ独り占めできたのだった。安堵感よりもしばらく死ねないのだなと少し暗い気分に陥った。自殺はしたくないが、一人きりで生き延びるのもきつい。
 
そういえば、久しぶりに俺以外の人間を見たはずだが、何の感情も湧き上がってこない。俺たちは、崩れかけたハイウェイの上を進んでいく。ひび割れたアスファルトの隙間から、雑草が生えていた。遠くには、かつて車が行き交っていたであろう橋脚が、半ば崩れたまま空に突き出している。
 
「この道を行けば、まだ何かあると思うか?」
 
男がぼそりとつぶやく。
 
「分からない。ただ、戻る理由も進む理由もない」
 
そう言って、俺は足を止めずに歩き続ける。
 
と、そのときだった。
 
「……待て」
 
男が突然、俺の腕を引いた。その瞬間、目の前の地面が崩れ、瓦礫が高架下へと落ちていく。
 
「危なかったな」
 
男が苦笑する。俺は息を飲んだ。
 
「……助かった」
 
久しぶりに感情が動いた。驚いた。怖かった。助かって安堵した。
 
「礼はいらない。お互い様だ。それにさっきので死んだほうがマシだったと後から思うかもしれないぜ」
 
男はそう言って肩をすくめる。俺も「確かに」と、頷いた。そうだ、なぜ助かってよかったと思ったのか。
 
それからまるでさびついた歯車が再び回りだすように心が動きはじめる。
 
「――どこから来たんだ? 前はどんな暮らしをしてた?」
 
口を開いた俺を男は不思議そうに見る。そんな話になんの意味があるのか疑問に思っている顔だ。しばらくの沈黙の後、男はゆっくりと話はじめた。
 
それから、俺たちはまた歩き出す。名も知らぬまま、どこへ向かうかも分からないまま。ただ、二人ともせきを切ったようにいつまでも話し続けた。
 
この世界が終わろうと、俺たちはまだ生きている。

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