#039 選ばなかった道の先に

ちいさな物語

俺には、「もしも」が見える。

たとえば、目の前に二つの選択肢があったとする。右へ行くか、左へ行くか。その瞬間、脳裏にぼんやりとした映像が浮かび上がる。右を選べば雨に降られ、左を選べば財布を落とす。どちらがマシかを考え、俺は最善の道を選ぶことができる。――そう思っていた。

この力に気づいたのは、小学生のころだった。算数のテストで、どちらの答えが正解かを「感じる」ことができたのだ。最初は偶然かと思ったが、それが何度も続くうちに、俺は確信した。俺には、選ばなかった未来を見る能力があるのだ、と。

この力のおかげで、俺は人生の多くの選択を「正解」に近づけることができた。最良の進学先を選び、最適な就職先を見つけた。大きな失敗もなく、俺は安定した人生を歩んでいた。

しかし、この力にはひとつ問題があることに気づいた。それは、「どちらを選んでも悲惨な未来しかない場合」があるということだ。

その日、俺は駅のホームに立っていた。

電車を待ちながら、ふと顔をあげると、女性が線路にスマホを落としたのが見えた。

まだちょっとの間電車は来ない。拾って渡してあげるべきか、それとも見て見ぬふりをするか。

頭の中に二つの選択肢の行く末が見え始める。――だが、今回は見えたものに俺は大いに戸惑った。

もし拾って渡せば――彼女はにこやかにお礼を言う。しかし、その後、彼女は俺に執着するようになる。元から少しメンタル面が不安定な女性だったようだ。最初は好意的に接することができるレベルだったが、次第に狂気じみていき、やがて俺の家の前で待ち伏せるようになる。最終的には……。

もし拾わなければ――彼女はスマホを取りに線路に降りた。意外とホームは高くもたもたとしている。そのせいで足を滑らせて線路に転落する。そこへ電車が滑り込んできた。悲鳴が上がり、電車のブレーキ音が響き渡る。彼女は……。

俺は立ち尽くした。

いつもなら、少しでも良い方を選べばよかった。だが、今回はどちらを選んでも最悪だ。俺か彼女が死ぬ。こんなことは初めてだ。

俺は、ただ動けずにいた。たぶんこれがはじめての選択キャンセル。

次の瞬間――

さっそうと線路に降りて、スマホを拾った男がいた。

俺ではない、別の男だ。彼は何の迷いもなく女性にスマホを渡し、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

そして、そのまま二人は何事もなく別れた。連絡先の交換もしている様子がなかった。

……そんな選択肢、俺には見えていなかった。

これまで俺の見ていた「もしも」は、本当に正しかったのか? 

俺は、未来を見ていたのではなく、ただ自分の不安が作り出した幻を見ていただけなのかもしれない。そう、妄想だ。

それ以来、俺は自分の「もしも」の映像を信じることができなくなった。

俺の能力は、「最善の道を選ぶための力」ではなく――「選べなくなる力」だったのかもしれない。

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