祖母の墓参りに行くたび、気になることがあった。
隣の墓が、いつも荒れている。
雑草が生い茂り、墓石には鳥の糞がこびりついていた。供え物もなく、線香の燃えた跡すらない。
「誰もお墓参りに来ないのかな……」
私は何とはなしに、その墓の前にしゃがんだ。墓石に刻まれた文字を見ても、当然ながらまったく知らない家のものだった。ただかなりめずらしい家名ではある。
「なんて読むのかな」
自分の家の墓をきれいにした後、なんとなく隣の墓も拭き、草を引いて、水を打つ。そして最後に線香を供えた。清浄な香りがすっと立ちあがる。悪い気分ではない。
しかしその時はそれがすべての始まりだとは認識していなかった。
その日以来、妙に運がよくなった。
これは運というのもおかしいかもしれないが、ずっと受からなかった資格試験に合格した。しかし何気なく買ったスクラッチくじで五万円が当たったのは間違いなく運だろう。その後もごくごく小さな幸運が当たり前になるくらいに頻繁に訪れた。
「なんかすごくツイてるかも……」
友人に話すと「いいことじゃん!」と羨ましがられたが、私は妙な胸騒ぎがした。
墓参りのときから運が向き始めたのは確かだ。まさか、隣の墓と関係がある?
私は試しに、次の墓参りの際にも掃除をして線香を供えてみた。
すると、今度は職場で思いがけない昇進話が舞い込んだ。スクラッチくじで今度は三万円が当たり、欲しかったカフェの限定グッズの抽選も当たった。
「やっぱり……」
隣のお墓参りのせいかも。
しばらくして私は新聞で見覚えのある名字を目にした。隣のお墓に刻まれた家名と同じだ。かなりめずらしい苗字だが、そういうこともあるのだろう。それは交通事故に巻き込まれて亡くなった方の名前だった。読み仮名がふってある。
「最近、◯◯の家の人たち、不幸続きらしいわよ」
通り過ぎざまにそんな会話を耳にした。あの家名だったから耳に入ってしまった。どうしても気になってしまって、忘れ物を思い出したかのような素振りで会話をしていた二人の中年女性の後ろをついてゆく。
「この間、新聞にも載ってたでしょう。あの交通事故」
「見たわよ。大きな事故だったみたいね。まだお若いのに気の毒だわ」
「でもそれだけじゃないのよ。息子さんは事業が傾いて、たぶん破産するんですって。娘さんは婚約破棄。ほら、いいお家に嫁ぐって奥さん仰ってたじゃない。その奥さんも持病が悪化して入院したとか……」
「続くときは続くのよねぇ」
私は血の気が引いた。まさか、私が隣の墓を供養したせい?
——本来、その家に行くはずだった“運”を、私が奪ってしまったのではないか?
次の墓参りのとき、私は迷った。もう他人の家の墓を掃除したりするのはやめた方がいいのかもしれない。でもここでやめたら、今度は私が不幸に遭ったりするのだろうか。
そういえば、ここまでの出来事は妙に作為的ではなかったか。まず新聞でこの墓標の読み方を知った。それから“偶然”その家をよく知っているらしい女性たちの会話が聞こえてきた。まるで脅しのように。
「これは正しいことなの?」
祖母の墓の前に立ってつぶやくと、隣からふと風が吹いた。
——綺麗に掃除された墓石が、まるで「これは正しいことだ」と言っているように見える。
私は線香を供え、手を合わせる。
正しいかどうかはもうわからない。ただ私は、これからもこの墓を掃除し続けるだろう。
#054 隣の墓

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