バレンタイン前夜のことだ。
コンビニ帰りの俺は、妙なものを拾った。
小さな包み紙に包まれた、一粒のチョコレート。金色のリボンがついていて、高級そうに見える。
「落とし物か?」
そう思ったが、辺りを見回しても人影はない。もちろん拾って食べようとしたわけじゃない。バレンタイン前夜にこんな大切そうなもの落とすだろうか。なんとなく気になっただけだ。もしかして何かあってここに捨てた?
すると——。
「やっと出番か!」
目の前に、手のひらサイズの小さな妖精が現れた。
羽を震わせながら、俺の顔をじっと見つめる。
「驚かねえのか?」
「いや……正直、疲れてるから幻覚かもしれんし」
妖精はため息をつきながら言った。
「まあいい。お前は俺を拾ったな? ならば、俺はお前の願いを叶える。何でも言ってみろ」
願いを叶える?そんな都合のいい話が——と思ったが、まあ、せっかくだ。
「じゃあ、明日、あの子からチョコをもらえますように」
ずっと気になっていた同僚の彩花ちゃん。もし願いが叶うなら、これ以上の望みはない。
妖精はニヤリと笑った。
「よし、叶えてやる。ただし、願いを叶えたら、報酬をもらうからな」
「報酬?」
「お前の『甘い感情』をもらうだけさ」
なんだそりゃ。よくわからなかったが、まあいいだろうと頷いた。
——そして翌日。
俺は確かに、彩花ちゃんからチョコをもらった。
「ぎ、義理じゃないからね」
彼女はそう言って、少し頬を染めた。
信じられない。まさか本当に願いが叶うなんて。
だが——何かが、おかしい。
彩花ちゃんの笑顔を見ているのに、胸の奥が妙に冷めている。
……あれ? 俺、
好きだったという記憶はある。でも、その感情だけがぼやけている。
「報酬、もらったぜ」
俺の肩の上で、妖精がクスクス笑っていた。
「お前の『甘い気持ち』をな」
そう——俺は、彩花ちゃんが好きだったときめきや喜びをすべて奪われていた。
チョコの甘さは舌に残っているのに、心は何も感じない。こんなの全然意味がない。
「取引成立だな」
妖精は楽しげに言うと、またどこかへ飛んで行った。
俺は、ただその場に立ち尽くすしかなかった——。
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