#058 同じ場所で

ちいさな物語

2月8日

駅近くの細い路地を歩いていたら、急に飛び出してきた人とぶつかってしまった。思わず「わぁ!」と叫んでしまい、相手も驚いた顔をしていた。見れば、同年代くらいの女性で、何かを探しているようだった。「すみません!」と謝られて、俺も「こちらこそ」と言ってその場はすぐ別れた。

2月9日

昨日と同じ道を歩いていたら、また同じ女性とぶつかった。「わぁ!」とまた叫んでしまった俺を見て、彼女は笑いながら「また会いましたね」と言った。「こんな偶然あるんですね」と俺も笑い返した。

2月10日

正直、また彼女に会えるんじゃないかと期待しながら歩いた。今日は平日だし、いないだろうか。しかしやっぱり同じ場所でぶつかった。今度は先に「わぁ!」と彼女が言って、俺たちは同時に笑ってしまった。「これ、運命ですかね?」なんて冗談っぽく言ったら、彼女はちょっとだけ照れた顔をして「そうかもしれませんね」と言った。

2月11日

仕事が忙しくて帰りが遅くなった。彼女には会えないだろうと思ったが、やっぱりあの場所でぶつかった。祝日の遅い時間でも彼女がいたことに驚く。「会いましたね」と言うと、彼女も不思議そうに「そうですね。今日はいらっしゃらないと思ってたんですけど」と笑う。会えないと思っていたので、なんだかうれしくなってしまった。

2月12日

今日は雨だった。傘を差しながら歩いていたら、やっぱり彼女にぶつかった。「わぁ!」と叫んでしまったのは、彼女が急に傘を落としたからだ。「すみません、手元が滑って」と彼女が笑いながら言うのを聞いて、俺は「これ、もう毎日のルーティンですね」と返した。

2月13日

さすがに不思議に思い、今日は彼女に聞いてみた。「毎日ここを通るんですか?」と。自分は今の仕事を始めてから毎日ここを通るのだが、彼女にぶつかり始めたのはここ数日のことだ。彼女は少し考えてから、「実はこの道を通るようにしたのはちょっと理由があるんです」と少し困ったように答えた。詳しいことは教えてくれなかったけれど、彼女にとって大切な理由があるようだった。

2月14日

「今日もぶつかりますかね?」と冗談交じりに彼女に声をかけたら、「ぶつからないように少し手前で待ってたんです」と返された。その一言に、俺はなんだか胸が高鳴った。そして「あの、もしよければ」と、小さな包みを差し出された。これはもしかしてバレンタインチョコレートというものではないか! 「いえ、あの、毎日ぶつかるのも何かの縁だと思って……」なぜかいいわけのように付け足す彼女に「ありがとうございます」と深々と頭をさげる。それがツボにはまってしまったようで彼女は特大の笑顔を見せてくれた。

それから、会うたびに彼女のことをもっと知りたくなっていった。彼女も同じ気持ちなのか、毎日少しずついろいろなことを話してくれる。あの道が、ただの帰り道じゃなくなった気がする。

これってやっぱり、運命なのかもしれないな。

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