気がついたら、俺は見知らぬ城の入口に立っていた。城の入口なんて行ったことはないけど、アニメやゲームなんかで見たのに似てる。見上げんばかりの扉に圧倒された。
歩き出すと進むべき廊下の灯りが順番にともって導いてくれる。なんかこれ、ゲームみたいでかっこいい。たどりついたのは巨大な大広間。
天井はやたら高く、壁には様々な絵画がかかっており、大きく奇妙な紋章が刻まれていた。目の前にはやたらと長いテーブルがある。金と銀の皿、結婚式でも見たことがないくらいの量のカトラリーがずらりと並んでいた。使う順番のことを考えると頭痛がしてくる。そして、その奥の玉座には——。
「ようこそ、旅人くん」
漆黒の衣をまとった男が、鋭い眼差しでこちらを見ていた。長い銀髪に、金色の瞳。人間とは思えないほど整った顔立ちをしている。
「ここは……どこですか?」
「ここは君たちがいうところの異界。我が名はラグゼル。この城の主だ」
異界? なんでそんなファンタジーみたいな話が——いや、それよりも。俺はのどを鳴らして食卓を見た。
「腹が減っているだろう?」
そう言われて、初めて気づいた。信じられないほど空腹だ。
「さあ、存分に味わうがよい。晩餐会を楽しんでくれ」
「いや、その前になぜ俺がここに?」
「私が退屈だったからだが、何か問題が?」
問題は……今のところなさそうだが。――とはいえ、状況が何一つわからない。
「それは……別に俺じゃなくても」
王は「お前でもいいだろう」と少しだけ面倒くさそうに首を傾げた。
機嫌を損ねたら厄介そうだな。俺は素直に頭をさげた。
「お招きありがとうございます」
王が手を叩くと、使用人たちが料理を並べ始めた。最初に出されたのは、透き通る青いスープだった。スプーンですくうと、まるで夜空を閉じ込めたようにきらめいている。
「これは?」
王は少しうれしそうにうなずく。
「星霜のコンソメ。千年の時を経た琥珀草から抽出した、時の味だ」
まったく味の想像がつかない。恐る恐る口に運ぶと、深みのある旨みが広がった。まるで時間そのものが凝縮されたような、言葉では表せない味わいだ。うまい。とんでもなくうまい。
俺の顔を見て、やはり王は満足気にうなずいた。
次に運ばれてきたのは、黄金色に輝くパンと、虹色のバター。
「これは?」
「太陽麦のパンと、月光バター。この世界の光の恵みが詰まっている」
一口かじると、ふわっと甘みが広がり、バターがとろけて消えた。まるで朝焼けを食べているような、温かく優しい味だった。これもまたうまい。これがコンビニに売ってたら、迷いなく毎日このパンとバターの朝食にする。
その後も翠玉草と地底卵のサラダ、雪魚のムニエルと謎の絶品料理が続いた。
メインディッシュは、紫色の肉料理だった。
「こ、これは……?」
「闇の獣ヴェルガルのロースト。狩れるのは千年に一度だ」
色がちょっと……食欲をそそられないのだが。ナイフを入れると、柔らかく、ジューシーな肉汁があふれ出した。意外と大丈夫そうか? おそるおそる口に運ぶと、深いコクとスパイスの香りが広がった。肉はやわらかく、飲めるとまではいかないが、抵抗なく歯が受け入れられる。そしてかめばかむほど深い味わいの肉汁が口に広がり天国のようだ。見た目に反して絶品だった。スーパーでこの肉が売っていたら、見た目で買わない人が大半だろうが、俺なら即カゴだ。
「う……うまい……!」
気づけば泣きながら食べていた。こんなうまいものは食べたことがない。王は微笑みながらその様子を眺めている。
最後に出されたのは、透明な球体のデザート。これまでの料理に比べてえらくシンプルな見た目をしている。
「これは?」
「虚空の雫。朝もやをたっぷり吸わせた天空果という果実だ。作るのがとてもむずかしい」
そっと口に入れると——。
懐かしい味が広がった。幼い頃、母が作ってくれたミルクプリンの味。名前が仰々しいのになんと素朴な味か。シメのスイーツにこういうサプライズはうれしい。一度決壊した涙腺は簡単に崩壊し、デザートも泣きながら食べていた。ミルクプリンなのだが、今はこのミルクプリンを全身が歓迎していた。
「あの、お気を悪くされないんでほしいんですけど、なぜ俺を招かれたんですか」
やはりなぜこんな素晴らしい晩餐会に招かれたのか納得がいかない。こんなおいしい料理、俺なんて一生食べる機会がなかったとしても不思議ではない。
「王、お時間です」
そのとき鳥と人間が組み合わさったような異形の女が王の隣にあらわれた。
「もうそんな刻限か。旅人くん、また退屈なときにお呼びするかもしれん。私はここで失礼する」
「えっ。あのっ」
結局これはなんだったんだ?
「ファミチキ……」
異形の女が隣でつぶやいた。
「王が暇つぶしに異界を眺めていたらあなたが、新作のファミチキを食べながら涙を流して『うまいー、うまいー』と泣いていたので、興味をもたれて、お呼びしたのです」
「え? そんなところ見てたの?」
恥ずかしい。そして本当にただの気まぐれで暇つぶし?
「お送りします」
そして、気づけば——俺は自分の部屋のベッドにいた。
やっぱ夢だったのか? いや、あの味を夢だとは思えない。あまりにリアルだった。
ふと枕元を見ると、デザートに使った小さな金のスプーンが置かれていた。俺はそっと、それを握りしめる。
また呼んでください!
#061 異界の晩餐

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