#063 ゼロの先に

SF

なあ、お前も見ただろ? ほら、あのカウントダウンのことだよ。

最初はハッカーによる悪質なイタズラだと思ったんだ。電光掲示板、スマホの画面、時計のディスプレイ、駅の案内板……ありとあらゆる場所に、突如として数字が現れた。しかも、その数字が世界中でピタリと一致してるっていうじゃないか。

ニュースは大騒ぎさ。陰謀論者は「これは異星人のメッセージだ」とか言い出すし、宗教家たちは「人類滅亡の日が近い」と騒ぐ。政府は「サイバーテロの可能性がある」とか言ってたけど、どの国のどんな人間もこの現象を止められなかった。

――で、カウントはどんどん減っていく。最初は10桁の数字だったのに、あっという間に残りは数日……人々の不安はピークに達したよ。カウントがゼロになったら何が起こるんだろうって。ニュースもテレビ特番も動画配信も全部この話題一色だった。

予言者、占い師、霊能者を名乗る人々は引っ張りだこで、下世話な話だけど一生分稼いじゃった人もいるんじゃないかな。

おれ? おれは正直、予言もニュースも半信半疑だったよ。陰謀だってなんだって結局一般庶民にはわかりっこないんだろ?

それにゼロになったところで何も起こらないんじゃないかなって気もしてた。楽観的すぎるのかな。でもゼロが近づくにつれて、なんていうか……空気が変わっていくのを感じたんだよ。まるで世界全体がその一瞬に向けて息を潜めていくみたいにさ。

そしてついに——。

カウントは「000000:00:00:01」になり、最後の一秒が刻まれた。

その瞬間、世界は……

……どうなったと思う?

何も起こらなかった。

いや、厳密に言えば、何かが変わったはずなんだ。でも、誰もそれを言葉にできなかった。何かが決定的に変わったはずなのに、説明できないんだよ。

人々は戸惑いながらも、何事もなかったかのように日常に戻っていった。でもな、おれは今でも思うんだ。あの日を境に、世界は確かに”違うもの”になったんじゃないかって。

「世界五分前仮説」って聞いたことないか? カウントがゼロになった瞬間に人類全員の記憶が一瞬で書きかえられていたら、世界が変わったことを認識できないだろ?

なあ、お前はどう思う?

コメント

タイトルとURLをコピーしました