#064 転生! 異世界ブラック企業

ちいさな物語

目を覚ますといつもとは違うという感覚があった。
 
「やった……ついに俺も異世界転生か!」
 
佐藤隆司(35歳・社畜)は歓喜した。深夜残業の連続で倒れた記憶がある。ということは、とうとう神様が俺を異世界へ送ってくれたに違いない。なぜそう思うかというと、ことあるごとにそう願い続けたからだ。
 
しかし、状況を確認するうちに、隆司の顔はみるみる曇っていった。
 
まず、目の前にはデスクがあった。見慣れたデスクと、見慣れたパソコン。そして、見慣れた書類の山。隆司は空いている椅子を組み合わせ簡易ベットのようにして眠っていた。これもいつも通り。
 
「……あれ?」
 
周囲を見渡す。天井には蛍光灯が輝き、壁には『効率第一! 気合で乗り切れ!』と書かれたポスターが貼られている。
 
「サトォ!」
 
怒鳴り声が響いた。振り向くと、そこにはスーツ姿の男——見覚えのある上司が仁王立ちしていた。まったくもって同一人物なのだが、頭に耳みたいな青い突起がついていた。これ、もしや異世界要素?
 
「お前、昨日の報告書はどうなってる!? まだ終わってないのか?」
 
「えっ、いや、その……」
 
異世界に転生したはずなのに、なぜか仕事の催促を受けている。
 
「異世界って……魔法とか、剣とか、冒険とか……そういうのがあるんじゃ……」
 
「何言ってるんだ、サトォ! お前、寝ぼけてないで仕事しろ!」
 
上司はデスクにドンと書類を叩きつける。そこには見たことのない文字がびっしりと書かれていた。
 
「……異世界の文字?」
 
読めない!と思ったが……読めてしまう。恐る恐る書類を見ると、『売上報告書(第五魔法区分)』と書かれている。
 
「魔法区分……?」
 
ようやく気づいた。確かにここは異世界らしい。しかし、転生したのは魔王討伐の勇者でも大賢者でもなく——
 
「異世界ブラック企業の社畜……!?」
 
しかも周りからして全然変わってない。現実を受け入れたくないが、周囲を見ても、誰も剣を持っていない。魔法を使っている気配もない。ただ、異様に目の下にクマがある(あと、ちょっと異世界要素のある)社員たちが、カタカタとキーボードを叩いているだけだ。
 
「……なんでだよ」
 
隆司は、頭を抱えた。ハッとして頭を探ると丸っこい牛の角みたいなものがついてる。異世界要素?
 
そんなこんなで俺の異世界ブラック企業での生活が始まった。
 
まず朝は、強制ワープ魔法で出社。定時の概念はなく、仕事が終わるまで帰れない。驚いたことに休憩はない。昼と夕方に社内放送で呪文が詠唱される。アザーンのように流れてくる放送に「魔法だ!」とよろこんだのは一日目だけだった。これは回復魔法で昼食をとらずに体力が回復する。してしまう。しかも回復魔法料金は給料天引きだ。社食の利用料金が給与から引かれるのと同じ理屈らしいが、納得はいっていない。
 
さらに、異世界らしく「スライム除去業務」や「ダンジョン会計監査」などがあるが、業務名に異世界要素があるのみで、基本的には前と同じでひたすら資料作り、書類整理、その他雑務だ。
 
「俺の異世界ライフ……なんでこうなった……」
 
ある日、勇気を出して同僚に話を聞いてみた。
 
「転職しようかなって思うんだけど、どうだろう?」
 
同僚はフッと鼻で笑う。
 
「剣は?」
 
「使えない」
 
「魔法は?」
 
「たぶん使えない」
 
同僚はそれがすべてと言わんばかりに肩をすくめて仕事を再開した。その瞬間、同僚の体からピロピロロンと軽快な電子音がした。
 
「レベルアップした……」
 
その割に周りは沈痛な面持ちをしている。
 
同僚の社員証を見ると社畜レベルが78になっていた。ゲームだったらラスボスを倒していてもおかしくないレベルだ。だがしょせん社畜だ。ステータスは忍耐力に全振り状態になっている。
 
隆司は、目の前が真っ暗になった。異世界転生しても、やっぱり何も変わらないということか。

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