#066 肉の正体

ちいさな物語

「この肉……どこ産なんだ?」

ステーキナイフを持ちながら、俺はシェフに尋ねた。

「珍しいですよ」シェフはにやりと笑う。「地球では、なかなか食べられませんから」

地球?

噛み締めた瞬間、ジューシーな肉汁が口の中に広がる。豊潤な香り、深みのある味わい。確かに、これまでに食べたどの肉とも違った。噂どおり素晴らしい肉だ。

「そもそもなんの肉だ? 牛肉とはちょっと違うな」

「それは……お客様が食事を終えた後に」

シェフはウィンクをして、カウンターの向こうへ去った。

店の名は《満天房》。紹介制の超高級レストランでここに来るまで何年もかかった。ここでは「特別な肉」が供されるという噂があり、グルメを気取っていた俺がスルーするわけにはいかなかったのだ。

だが——俺は知らなかった。それが何の肉なのかを。

ワインを飲みながら、他の客を観察する。

どの客も、静かにナイフとフォークを動かし、陶酔した表情で肉を味わっている。その目は、まるで神聖な儀式に参加しているかのように恍惚としていた。

俺の前に座る女が微笑む。

「初めて?」

「ええ、まあ」

「気に入った?」

「……正直、驚くほどに」

「でしょう?」

女は楽しそうにグラスを傾ける。

「この店、二度と来ないって決めるか、一生通い続けるか、そのどちらかよ」

「……どういう意味です?」

彼女は意味ありげに笑う。

「食べ終わったら、わかるわ」

皿を空にすると、シェフが再び現れた。

「食事はお口に合いましたか?」

「ああ、最高だった」

「それはよかった。さて、ではお答えしましょう。この肉の正体を」

シェフが指を鳴らすと、店の奥からウェイターたちが現れた。彼らは銀の蓋を乗せたトレイを持っている。

「では、ご覧ください」

銀の蓋が持ち上げられる——。

そこには、人間に酷似した顔があった。

だが、違う。肌は青白く、眼窩は深く、耳は鋭く尖っている。

「……これは?」

「一般的には宇宙人と呼ばれています」

「冗談だろ?」

「いいえ、彼らは地球に紛れ込んでいます。よくないこともしてますよ。だから時折捕獲される」

俺は冷や汗をかきながら、喉を鳴らした。

「いえね、あまりにも増えたんで駆除するようにと指示されまして、この店を始めたんです」

「し、指示って……誰に?」

「お客様はお聞きにならない方がよろしいですよ」

「た、食べたのはこいつの肉?」

「その通り。いかがでしたか?」

胃の奥から湧き上がる感覚――それは吐き気ではなかった。

俺の体があの肉を求めている。もっと、食べたい、と。

女が、妖艶に微笑む。

「ねえ、あなたもこっち側に来る?」

店内の客たちが一斉にこちらを見る。

俺の答えはすでに決まっていた——。

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