ワカメって、こんなに増えるものだったか?
俺は台所のシンクを見下ろし、唖然としていた。
スーパーで買った乾燥ワカメをちょっと戻すつもりだったのに、気づけばシンクが緑の海になっている。
水を吸ったワカメが、どんどん膨らみ、シンクからあふれ出し、床に広がっていた。
「え、ちょっと待てよ……」
慌ててワカメを掴もうとするが、ぬるぬるしていてうまくいかない。それどころか、俺の手にも絡みついてくる。これ、生きてるみたいだ。
そのとき、ふと袋の注意書きが目に入った。
——「戻す際はごく少量を水に入れてください。本品は通常の100倍に膨らみます。」
……100倍?
そう読んだ瞬間、ワカメがさらに膨れ上がった。100倍どころじゃないだろう、これ。
そうこうしているうちに、俺の部屋は完全にワカメに埋め尽くされていた。
ワカメは玄関から廊下へと流出し、ついにはアパートの階段を這い降りていった。
「おい、なんだこれ!」
階下の住人が叫ぶ。――が、俺もどうしようもない。
「ちょっとワカメ戻しただけなんだ!」
「ちょっとでこうなるか!?」
俺もそう思う。だが、ワカメは止まらなかった。
なすすべもないまま、アパート全体がワカメに覆われた。ワカメアパートである。住民はみな屋根に避難して目下のワカメを呆然と眺めていた。
しかし、それだけでは終わらなかった。
ワカメは道に溢れ出し、車を飲み込み、商店街に押し寄せ、ついにはこの町全体を包み込み始めた。
当然ニュースが騒ぎ出す。
「突如として現れたワカメ、原因不明」
「現在、町の半分がワカメに飲まれています」
原因ならここにいるのだが、とても言えない。いやいや、これは俺が悪いのか? 誰がスーパーの乾燥ワカメ一食分がこんなことになると思う?
数日後。
世界中の人々が、この異常事態に注目していた。
研究者たちは「異常な成長速度を持つ変異種の可能性」と言っていたが、俺はただのスーパーで買った乾燥ワカメ一食分を戻しただけだ。変異種じゃない。
ワカメは町を飲み込んだあと、川の流れにそって、海へと帰っていった。
「ワカメが海に戻ったことで、さらに増殖する可能性があります」
ニュースキャスターの声が震えていた。
その瞬間、俺のスマホも震えた。
「お前んとこ、テレビに映ってたじゃん!」
「しばらくワカメに困らないな」
「実際どうなってんだ?」
友人たちからのメッセージだった。気楽なもんだ。
俺はメッセージには答えなかった。ただ、ワカメの波が地平線の向こうまで続いているのを黙って見つめる。
――メシを食べ損ねたままなんだよ。
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