#065 ワカメカタストロフ

ちいさな物語

ワカメって、こんなに増えるものだったか?

俺は台所のシンクを見下ろし、唖然としていた。

スーパーで買った乾燥ワカメをちょっと戻すつもりだったのに、気づけばシンクが緑の海になっている。

水を吸ったワカメが、どんどん膨らみ、シンクからあふれ出し、床に広がっていた。

「え、ちょっと待てよ……」

慌ててワカメを掴もうとするが、ぬるぬるしていてうまくいかない。それどころか、俺の手にも絡みついてくる。これ、生きてるみたいだ。

そのとき、ふと袋の注意書きが目に入った。

——「戻す際はごく少量を水に入れてください。本品は通常の100倍に膨らみます。」

……100倍?

そう読んだ瞬間、ワカメがさらに膨れ上がった。100倍どころじゃないだろう、これ。

そうこうしているうちに、俺の部屋は完全にワカメに埋め尽くされていた。

ワカメは玄関から廊下へと流出し、ついにはアパートの階段を這い降りていった。

「おい、なんだこれ!」

階下の住人が叫ぶ。――が、俺もどうしようもない。

「ちょっとワカメ戻しただけなんだ!」

「ちょっとでこうなるか!?」

俺もそう思う。だが、ワカメは止まらなかった。

なすすべもないまま、アパート全体がワカメに覆われた。ワカメアパートである。住民はみな屋根に避難して目下のワカメを呆然と眺めていた。

しかし、それだけでは終わらなかった。

ワカメは道に溢れ出し、車を飲み込み、商店街に押し寄せ、ついにはこの町全体を包み込み始めた。

当然ニュースが騒ぎ出す。

「突如として現れたワカメ、原因不明」
 
「現在、町の半分がワカメに飲まれています」

原因ならここにいるのだが、とても言えない。いやいや、これは俺が悪いのか? 誰がスーパーの乾燥ワカメ一食分がこんなことになると思う?

数日後。

世界中の人々が、この異常事態に注目していた。

研究者たちは「異常な成長速度を持つ変異種の可能性」と言っていたが、俺はただのスーパーで買った乾燥ワカメ一食分を戻しただけだ。変異種じゃない。

ワカメは町を飲み込んだあと、川の流れにそって、海へと帰っていった。

「ワカメが海に戻ったことで、さらに増殖する可能性があります」

ニュースキャスターの声が震えていた。

その瞬間、俺のスマホも震えた。

「お前んとこ、テレビに映ってたじゃん!」

「しばらくワカメに困らないな」

「実際どうなってんだ?」

友人たちからのメッセージだった。気楽なもんだ。

俺はメッセージには答えなかった。ただ、ワカメの波が地平線の向こうまで続いているのを黙って見つめる。

――メシを食べ損ねたままなんだよ。

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