「では、これが未来の移動手段となる『シカライド』です!」
壇上で発表されたのは、最新型の電気自動車……ではなく、一頭の立派な鹿だった。
静まり返る会場。聴衆は何かの冗談かと思い、ざわつき始める。しかしプレゼンターの科学者は至って真剣な表情だ。
「これは最先端のAIを搭載した完全自律型の移動システムです!」
俺は思わず隣の同僚を肘で突いた。
「鹿?」
「……そのようだな」
「わからん。でもあの科学者、世界的な権威だぞ。しかもIQ200って話だ。何か合理的な理由があるんじゃないか?」
壇上の鹿は首を振り、静かに前脚を踏みしめた。なぜリアルに鹿っぽい動きまで再現する必要があるんだ? 科学者が言葉を続ける。
「このシカライドは、環境に優しく、景観を損ねず、どんな地形にも適応可能です! AIが最適なルートを導き、乗る人の体調まで管理するのです!」
「いや、でもそれ、鹿にする意味ある?」
そう思った瞬間、科学者が手を叩く。すると、鹿の目が青く光った。
「起動します」
まるで機械のような合成音が響き、鹿の体が軽く震えた。次の瞬間、鹿の角が光り、宙に浮いたのだ。無駄に神々しい。
会場がどよめいた。ますます鹿である意味がわからない。
「おお……」
鹿はふわりと空中を移動し、優雅にホールを旋回する。そして、観客の前に降り立ち、すっと首を下げた。
「乗ってみませんか?」
俺の目の前で科学者が微笑む。あまり気が進まなかったが、仕方なく俺は鹿の背にまたがった。
次の瞬間、景色が一変した。
——空を飛んでいる。
鹿は音もなく宙を滑るように進み、会場内を軽やかに移動していく。速度は車並み、それでいて振動もない。形状のわりに驚くほど安定していた。高所恐怖症の人は知らないが、少なくとも自分は「落ちる」という恐怖をまったく感じない。
「これは……すごい……かもしれない」
鹿の体温がじんわりと伝わる。風を切る感覚が気持ちいい。まるで鹿と一体になったような不思議な感覚だった。プリミティブな感動が体を駆けめぐる。
やがて、鹿はふわりと元のホールに中央に降り立った。俺が降りると、鹿は一歩下がり、静かに待機している。しかし無駄に撫でたくなるくらいリアルな鹿だ。
会場は大歓声に包まれていた。
科学者が最後に言った。
「このシカライドは、環境にやさしく、人と自然の調和を目指した未来の乗り物です。AIと生物の融合、それこそが、次世代のモビリティなのです!」
……まさか、未来の乗り物が鹿だとは思わなかった。
でも、乗ってみたらその良さを納得してしまった自分がいる。ただ、鹿である必要性はいまだによくわからない。
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