おやおや、旅の方。そんなところで立ち止まって、どうしたんだい? ん? 鈴の音? 山道を歩いていたら、鈴の音が聞こえて追いかけきた? そりゃ、変な話だねぇ。ああ、もしかして……じゃあ、ちょっと歩きがてら、ここらの話をしてやろうか。
このあたりにはな、「鈴の鳴る鳥居」があるんだ。山の奥の方に、苔むした赤い鳥居がひっそり立ってる。誰が建てたのかも分からねぇし、いわれも知らねぇ。けど、昔から言い伝えがあってな、「決してくぐるな」って言われてるんだよ。
ある年のこと、村の若い衆が興味本位でその鳥居をくぐった。すると、突然鈴の音が聞こえたんだと。チリン、チリン、と優しい音がな。それで驚いて振り向いたら、後ろにあったはずの山道が消えちまって、見たこともない景色が広がっていた。
そいつはしばらく呆然としていたが、ふと気づくと、一人の娘が立っていた。歳の頃は十五、六、黒髪を長く伸ばした綺麗な娘だったそうだ。娘は「迷い込んだのかい?」と微笑んで、「しばらくここで過ごしていくといい」と言った。
若い衆は不思議だったが、仕方なく娘の言うとおりにした。その娘は、山の恵みで作った料理をふるまい、夜には優しく鈴を鳴らしてくれた。鈴の音を聞いていると、不思議と心が落ち着いたという。
だが、何日経っても朝も夜も同じ景色が続き、月も太陽も動かない。ふと、「ここはどこなのか」と考えたとき、若い衆は怖くなった。
「帰りたい」と言うと、娘は悲しそうに笑い、「帰り道は鈴の音の先にある」と告げた。
若い衆は言われるままに耳を澄ました。遠くでチリン、チリン、と鈴の音がする。それを頼りに歩き続けると、気づけば鳥居の前に戻っていた。
村へ帰ると、なんと十年も経っていた。村のもんは若い衆がまったく年をとっていなかったから、その話を信じたんだと。狐や狸にしてはえらい長いことかつがれていたもんだって。おそらく山の物の怪だろうさ。
それから若い衆はすぐにまた山へ引き返した。あの娘に帰り道を教えてもらった礼を言いたかったのさ。けど、鳥居をくぐっても、もう鈴の音は聞こえなかったそうな。
それ以来、その男は毎日山へ登り、鳥居の前で鈴の音を待ち続けた。いつかまた、あの娘に会えるかもしれねぇと思ってな。でもその後、娘の姿を見た者は誰もいないという話さ。
……さて、あんた。さっき、鈴の音が聞こえたって言ったね? それは気をつけたほうがいい。もしかすると、あんたあの娘に魅入られたかもしれねぇぞ。まあ、帰りたいといえば帰してくれる。そこまで悪い物の怪でもねぇさ。
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