#070 焚火の夜の奇妙な話

ちいさな物語

旅の途中、俺は森の奥の開けた場所で焚火の光を見つけた。火を囲むのは四人の旅人。見た感じ知り合い同士というよりはたまたま居合わせただけのようだった。

こういう場所では野営に適した場所を取り合うか、何かの縁と割り切るかのどちらかだ。しかしこんな森の奥で五人が居合わせるというのは不思議なことである。

年老いた吟遊詩人が言った。
「こんなことがあるもんなんだなあ。せっかくの夜だ。互いの旅路で遭遇した、不思議な話でも語り合わないか?」

そうして、俺たちは一人ずつ奇妙な出来事を語ることになった。

最初に語り出したのは、吟遊詩人だ。

「わしはある村で、誰にも見えない家を見た」

誰にも見えない家? それはどういうことかと尋ねると、男は続けた。

「村人に聞いても、そこに家なんてないと言う。だが、俺にははっきりと見えていた。古びた扉、歪んだ窓、そして中から聞こえる誰かの声……さて、村人が見えないふりをしておるのか、わしがおかしくなったのか」

次に話し始めたのは、鉄の鎧を着た壮年の戦士だった。

「俺は昔、戦場で一度死んだはずだった。だが、次に目を開けた時、知らない村の教会に横たわっていた」

彼は確かに命を落としたはずだった。しかし、気づけば何事もなかったかのように目覚めていたという。

「しかも、その村の者たちは、俺のことを百年前に死んだ英雄が生き返ったというんだ」

奇妙な話は続く。

探検家崩れの男は、自分の家に代々受け継がれた古びた宝の地図が、見知らぬ人の体に刺青として刻まれていたという話をした。他人が見ることなどできるはずもない地図だったという。

老いた魔女は、自分が幼い頃に出会った旅人が、成長した自分自身だったのかもしれないと話した。その旅人の手の甲には特徴的なあざがあり、それは魔女自身が成長する過程で浮かびあがって来たものとまったく同じだったという。魔女はグローブを外して手の甲を見せた。確かにくっきりとくさびのような形のあざがある。

そして俺は、自分が夢の中で見た古城が、誰も知らぬ森の奥に実在していたことを語った。実はついさっき体験したことだったのだが、ここにいる誰もがこの森で城など見ていないという。

話が進むにつれ、俺たちは気づいた。

俺たちの話は、それぞれが関係のない奇妙な体験のはずだった。だが、それぞれの話の中に、微妙に共通する要素があったのだ。

誰にも見えない家に住む者。百年前に死んだ英雄。見知らぬ人の肌に刻まれた地図。自分自身と出会う魔女。夢に見たはずの古城。

それは、時と空間の混濁という共通の事象から生じた物語の断片のようだった。

焚火の炎がふっと揺らぐ。

詩人が呟いた。
「もしかすると、我々はみな危うい場所に立つはかない存在なのかもしれんな」

俺たちは沈黙したまま、焚火の火を見つめていた。

「私たちが急にこんな辺鄙な場所で居合わせてしまったのもそういうことなんでしょうね」

魔女がぽつりとこぼした。

しばらく見るともなく焚火の日を見つめていたら、その中に何かが動いた気がした。それは、今まで語られた話のすべてを知っている何者かの微笑みだったのかもしれない。

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