#073 鋼の神と電子の記憶

SF

むかしむかし——いや、そう遠くない未来のちょっと先の話だ。

その街には、かつて「鋼の神」と呼ばれるものがいた。神といっても、伝説の神々のように天上から奇跡を降らせるわけではない。それは巨大な機械仕掛けの存在であり、この都市を守護するために作られたものだった。無数の電子の目を持ち、都市の隅々まで見守り、悪しき者が入り込めば即座に排除する。人々は彼を神と呼び、畏れ、時に崇めた。

だが、時代が変わり、新たな技術が生まれると、「鋼の神」は次第に不要とされていった。人々は彼を忘れ、新しい守護システムが導入され、彼の役割は失われた。そして、都市の外れにある廃棄区画に放置され、長い時間が流れた。

そんなある日、一人の少年が「鋼の神」を訪れた。

「お前、本当に神なのか?」

少年の名はレイ。生まれた時にはすでに「鋼の神」はただの廃棄物と化していた。それでも、古いデータの中には、彼がかつてこの街を守った神だと記されていた。誰も信じない話だったが、レイは信じた。

「まだ動けるのか?」

返答はない。ただ、かすかに光が、崩れた機械の奥で揺らめいた。それは、まだ生きている証だった。

レイは手を伸ばし、古びた回路をなぞった。埃と錆と古い油にまみれた鋼の神は、かつての威厳をすっかり失っていたが、それでも何かが宿っている気がした。少年は廃材置き場を巡り、古いパーツを集め、可能な限り修理を試みた。何度も失敗し、何度も指を傷つけ、それでも諦めなかった。

そしてついに、その日が訪れた。

——ガチリ。

微かな音を立てて、「鋼の神」が動いた。最初は指一本。それから腕。そして、ゆっくりと、かつての巨体が起き上がる。

「……お前か、私を目覚めさせたのは?」

低く、響く声がレイの脳内に直接届く。それは、都市を守護したかつての神の声だった。

「やっと目を覚ましたんだな!」

少年は嬉しそうに笑った。

だが、「鋼の神」は、動いたことで自らの状況を理解した。

彼の記憶は断片的であり、機能の多くは破損していた。それでも、彼はまだ動ける。まだ、守れる。

しかし——

「……この都市は、まだ私を必要としているのか?」

その問いに、レイは言葉を詰まらせた。人々は彼を捨て、新たな技術へと移行した。もう、誰も彼を頼らない。

「でも、俺には必要だと思う」

少年の声が鋼の神の回路に響く。「誰も知らなくても、誰も頼らなくても、俺は信じてる。だから、もう一度、立ち上がってほしい!」

しばしの沈黙の後——

「……ならば、お前を守ろう」

そう言うと、「鋼の神」はゆっくりと立ち上がった。彼の目が淡く光る。

それはかつて都市を見守った光とは違う。だが、確かにそこには、神としての意志が宿っていた。

その日から、レイは「鋼の神」とともに廃棄区画で暮らした。誰も信じなかった神話の続きが、たった一人の少年の手で紡がれ始めたのだった。

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