#078 行列の先にあるもの

ちいさな物語

その日、俺は仕事帰りに駅前の広場を通った。

いつもなら通り過ぎるだけの場所なのに、今日は何かがおかしかった。

――行列だ。

ものすごく長い行列ができている。

最初は人気のスイーツでも売っているのかと思った。でも、列に並んでいる人たちはみんなスマホをいじっていたり、ぼんやりと立っていたりするだけで、何ひとつ行列のヒントにならない。

気になって、近くの若い男に聞いてみた。

「これ、何の列ですか?」

男は首を傾げる。

「いや、俺も知らないっす。でも、みんな並んでるし、なんかいいことあるのかなと思って」

適当に並んだだけかよ、と思ったが、周りの人たちも同じような様子だった。

「とりあえず並んでみた」

「なんかすごい行列だから、つい」

「みんな並んでるし、損はないかなって」

そんな理由で列ができているらしい。

よくわからないけど、俺も試しに並んでみることにした。

並んでから30分が経過した。

進んではいる。確かに前へと進んでいる。

でも、何の列かは誰も知らない。

「もうすぐ先頭っぽいですよね」

後ろの中年男性がそう言った。

たしかに、あと10人ほどで先頭が見えそうだ。

少しドキドキする。

期待してしまう。

きっと、この行列の先には――

すごく美味しいものがある、もしくは何か限定品の販売か。

ものすごくお得なセールをやっているのかもしれない。

いや、もしかしたら、新しい体験型アトラクションの入口なのか。

何かいいことがある。そんな気がしてならない。

そしてついに、俺は先頭にたどり着いた。

そこには――何もなかった。

行列はただの行列だった。

「……え?」

俺は混乱しながら振り返った。

後ろの人々が、期待に満ちた顔で俺を見つめている。

「何があるんです?」

「いや、何もない……ただの行列だった」

「……え?」

沈黙。

「は? マジで何もないの?」

「なんだよ、時間の無駄だったじゃん!」

「誰だよ、最初に並び始めたの!」

先頭にたどり着いた人は口々に不満の声をあげていた。ただし小声だ。何だか恥ずかしくて大騒ぎできないのだろう。だから行列の後ろの人は気付けない。また新たな人が並び始めた。

何だか笑えてくる。

みんな、何かいいことがあると思い込んでいた。誰も「ここに並ぶべき理由」を知らなかったのに。

でも、並んでいる間はワクワクしていた。

「……まあ、面白い経験だったし、いいか」

そう呟くと、隣の若い男が苦笑いした。

「なんか、すごい行列だとつい並んじゃうんですよね」

「わかる。でも、次からは気をつけるわ」

そう言って、俺たちは素知らぬふりで人混みに紛れた。

しばらくして、ふと振り返ってみる。行列はまた伸びていた。

俺と同じように、「なんかいいことがあるかも」と思っているのだろう。

不思議な気持ちになりながら、俺は駅へ向かった。

この世界には、何の意味もない行列が存在するのかもしれない。

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