「いやいや、ありえないだろ」
俺は隣の席で繰り広げられる光景に、思わずツッコミを入れた。
ここはごく普通の高校。そしてこの物語のヒロイン——橘ひまりは、決して”かわいい”タイプではない。見た目は普通、性格はどちらかというと生意気。気分屋の猫みたいで、口を開けばすぐに皮肉を言うし、先生にも平気で食ってかかる。
なのに、なぜかこの高校屈指のイケメンたちにモテにモテる。いわゆる「おもしれぇ女」ポジションで無双しているのだ。
「おい、ひまり、また遅刻かよ」
まず登場するのは、スポーツ系のイケメン・佐々木。バスケ部のエースで、女子人気ナンバーワン。ひまりの幼馴染だ。そんな彼が、なぜか毎朝、ひまりを迎えに行っているらしい。
——ほら、きた! 定番の”世話焼き幼なじみ枠”!
「うるさい、あんたには関係ないでしょ」
ひまりはツンとそっぽを向く。多くの女子が憧れてやまない佐々木様に向かって迷惑なのよと言わんばかり。
——これが許されるのは二次元だけだからな!?
しかし、このベタ展開はまだまだ終わらない。
「橘さん、数学のノート、見せてくれる?」
今度は知的メガネ男子・西園寺が登場。学年トップの成績で家は金持ち。そんな彼は、普段はクールで他人を見下したような態度をとるくせに、なぜかひまりにはやたらと絡んでいく。
——いやいや、何でお前がノート借りる側なんだよ!? 天才キャラならむしろ貸す方だろ!?
そして、極めつけは——
「ひーまりっ、今日放課後空いてる?」
チャラい系モテ男・藤崎。女子をとっかえひっかえするプレイボーイキャラ。ところが、なぜかひまりにだけは本気ムーブを見せつけてくる。
——いやもう、おかしいだろ! なんでみんなこんなにひまりに夢中なんだよ!? もっと素直でかわいい子いるだろ!?
もちろん、ひまりは誰の好意にも素直に応えない。むしろ冷たい。
「はぁ? なんで私があんたと貴重な放課後を過ごさなきゃいけないの?」
藤崎は一瞬だけ捨てられた子犬みたいな顔をした。――が、すぐに「ええー、冷たいなあ」と、いつものチャラ男ムーブでかわす……という高度な技を繰り出した。「本当は傷ついてます」とにおわせたいのだ。
教室の隅を見ると、一部の派手系女子たちがひそひそとやっている。はい、ここでお決まりの嫉妬した女子による陰湿ないじめというスパイスが加わります。
ベタすぎでキツいので解説は端折ります。
文化祭、体育祭、修学旅行、数々のイベントを経て、ひまりと佐々木、西園寺、藤崎のイケメンたちの恋模様はすっかり学園の話題の中心になっていた。
そして三人の中から一人を選ばなきゃならない謎イベントが発生する卒業式。
「お前さ、もうずっと俺と一緒にいろよ」
「どんな数式より解き明かしたいと思ったのは君の気持ちだった」
「女の子はいくらでもいるって思ってた。でも――本気になったのは初めてなんだ」
——絶対ひまりは「誰も選ばない」とか言うんだよな。
案の定、ひまりはこう言った。
「私、そういうの興味ないから」
そして――
俺の方を向いてニヤリと笑った。
「……で、あんたはどうなの?」
「え?」
次の瞬間、あたりがフリーズした。
佐々木、西園寺、藤崎、その場にいた——全員が静止画のようにピタリと動きを止める。
「気づいた?」
ひまりがゆっくりと笑顔をつくる。
「このお話はリレーされるのよ。次はあんたがどこかの誰かにつっこまれる番」
気づけば――俺は夕暮れの中に立っていた。
そして、目の前には微笑むひまり。
「さあ、存分に恥をかいたらいいわ。私は一抜けた!」
——え? どゆこと……?
気づけば、俺の周りに美少女たちが集まり始めていた——。
「お兄ちゃん、一緒に帰ろうよ」
血のつながっていない妹が来た!
「わたくしが一緒に帰ってあげてもよくってよ」
ひまりをいじめていたお嬢様!
(え? キャラ使い回すの?)
「早く帰ろうよ。今日、パパもママも仕事だから、そっちでごはん食べるからね」
ここでもやっぱり隣の家の幼馴染(親同士が仲よし)!
ドジっ子&メガネっ子の学級委員長、物理法則に従わないアホ毛を持つ不思議ちゃん、謎のケモ耳転校生、ロリ顔巨乳の先輩!
おかしい。ひまりの時より多いじゃないか。
ふと振り返ると、物陰からモブ顔の少女がこちらを見ていた。凍りつくような冷たい目。あの子、今たぶん俺のこの状況にめっちゃツッコミ入れてるわ。
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