#080 死神の鳥

ちいさな物語

最初に気づいたのは、駅のホームだった。

目の前のサラリーマンの頭に、小さな黒い鳥が止まっていた。カラスのように見えるが、もう少し小さい。それにどこか質感が、違う。まるで影が形を成したような、ふわふわとした不確かな存在だった。周囲の人々は誰も気にしていない。まるで見えていないかのようだった。

そのサラリーマンは急に電車を待つ列を外れてふらふらとベンチに座りこむ。気分が悪くなったんだろうか。スーツはしわしわで髪もボサボサだ。黒い鳥は相変わらず、そこにとまっている。

妙な違和感を覚えながらも、電車に押し込まれた途端に忘れてしまった。ところがその後、驚くようなことを知らされる。

同僚がずいぶんと遅刻してきたので事情を聞くと、どうやら自分の一本後の電車に人が飛び込み、亡くなったらしい。憔悴した様子の同僚に飛び込んだ人物の風体を聞くと、どうもあのサラリーマンのようだった。

偶然だろうか? だが、そんなことが二度、三度と続くと、さすがにただの偶然とは思えなくなった。

私は気づいてしまったのだ。——あの黒い鳥が止まった人間は必ず死ぬ。

それからというもの、私は街を歩くたびに、人々の頭上を見上げるようになった。最初のうちは、半信半疑だった。しかし鳥を見てしまうとその人の訃報が届く。どういうわけか、知らない人でも訃報まできちんと自分に届く。新聞に載っていたり、たまたま知人の知人だったり。まるであの鳥の意味を自分に知らしめるように。あるときは交通事故、あるときは突然死。原因はさまざまだが、結果はひとつ。死。

このままでは、私は一生誰が死ぬのかを事前に知り、その死の報告を受け続けることになる。

助けられないのか? そう思ったこともある。だが、声をかけてどうなる。「あなたの頭に死神の鳥がとまっています」と言ったところで、信じる者はいない。それに鳥がとまった者の運命は、すでに決定されているように思われた。

私は、いつしか街を歩くことができなくなった。人々の頭の上を見るのが怖くなったのだ。

だが、ある夜、鏡の前に立ったとき、見てしまった。

——自分の頭に、あの鳥がとまっているのを。

その瞬間、心臓が大きく跳ねた。いやだ。まだ死にたくない。鳥を追い払おうと手を伸ばした。

鳥はしばらく抵抗するような素振りを見せたが、こちらも必死だ。死にたくない。頭を振り、手でめちゃくちゃに追い払うような動きをした。すると耐えかねたように黒い鳥は羽を広げて飛び去った。

翌日、隣の家の女の子が亡くなった。まだ七歳だった。鳥がそっちに行ったのかどうかはわからない。

――なんだ。あれは追い払うことができるのか。

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