#081 転がってゆく先

ちいさな物語

俺か? 俺はただの空き缶さ。

最初はちゃんとした飲み物だった。工場で作られ、店に並び、人間に買われ、そして——飲まれた。そこまではまあ、よくある話だ。

問題はその後だ。

飲み終わった俺は、ポイッと道端に投げ捨てられてしまった。ガードレールにぶつかって、カラン、コロンと転がる。あとはもう、誰の目にも留まらず、ただのゴミとして風に吹かれるばかり。

最初のうちは悔しかった。「おい、ちゃんとゴミ箱に捨てろよ!」って叫びたかった。でも、俺に口なんてない。ただ、転がるしかないんだ。

しばらくすると、俺は道路の真ん中に転がってしまった。でかいトラックが俺のすぐそばを通り過ぎる。もう少しでペシャンコだ。轢かれるのは嫌だった。だから、風を使い長い時間をかけて道路の端へと転がっていく。

ようやく歩道のわきにたどり着いた俺の前に小さな影が立った。

「あ、空き缶だ」

子どもだった。多分、五歳くらい。俺をじっと見つめると、そっと拾い上げた。

「ふーん、まだきれいだね」

そう言って、ポケットからビー玉を取り出し、俺の口に入れた。カラン、と音が響く。

「うん、いい音」

何が「いい音」なのかは分からなかったが、子どもは楽しそうだった。そして俺を持ったまま、トコトコ歩いていく。

やがて、その子は公園に着いた。俺はベンチの上に置かれる。近くには別の子どもたちが遊んでいた。

「それ何?」

「これ? 空き缶。でも、ほら、振るといい音するんだよ」

カラン、カラン。

「ほんとだ!」

すると、別の子どもが「じゃあ、これも入れてみたら?」と、小石を入れた。

シャカシャカと音が変わる。

「おもしろい!」

気づけば俺は、ただのゴミではなくなっていた。

子どもたちは俺を転がしたり、振ったり、蹴ったりして遊び始めた。

そのうち、誰かが言った。

「これ、楽器になるんじゃない?」

そして、その日の夕方、公園には即席のバンドが生まれた。子供たちはどこかから空き缶を持ってきて木の棒で叩いたり、中に砂を入れて降る。俺はビー玉を飲んだままカランカランと歌った。

空き缶は飲まれる以外にもできることがあるんだな。

その夜、子どもたちは俺をきちんとゴミ箱に入れた。何だか清々しい気分だった。普通の空き缶なら飲まれてゴミ箱に行くだけだが、俺には一瞬だけ輝く瞬間があった。ありがたいことだ。

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