#083 廃駅の階段

ちいさな物語

聞いてくれ、俺はただの階段だ。だけど、俺が見た光景を話したら、きっとお前も興味を持つだろう。この廃駅には、いろんな人間が来るんだ。

俺はもう使われなくなった駅の階段。錆びた手すりに苔むした段、それが俺の全てだ。何十年も前に列車が通らなくなってから、俺の上を行き交う人影は少なくなった。でも、ゼロじゃないんだな、これが。

ある日やって来たのは一人の写真家だった。無言でカメラを構えて、俺の段や古びた天井を撮っていく。その目は生き生きとしてたけど、なんていうか、妙に寂しそうだったな。多分、俺がここに立ち続けた年月を感じ取ってくれたんだと思う。

次に現れたのはカップルだ。男が「心霊スポットだってよ」なんて軽口を叩いて、女の子を怖がらせようとしてた。でも、俺は知ってる。二人とも、全然怖がってなんかいなかった。むしろ、ただ一緒にいたいだけって顔だったんだ。俺の段を踏む音も軽くて、これからの希望とか夢みたいな明るい何かが伝わってきた。

そしてある日、ちょっと変わった奴が来た。ボロボロの服に、手に何か重そうな袋を持ってたな。俺の上でしゃがみこんで、何かをポツポツ話してた。「ここで何があったんだろうな」って。俺だって答えてやりたかったさ。でも、ただの階段に言葉なんかない。そうこうしてるうちに、そいつは袋から花を取り出して、俺の端っこに置いていった。あれが何を意味するのか、未だに俺には分からない。

――で、最後に話したいやつは、今もたまに来る若い男だ。ギターを持ってきて、俺の上で座って歌うんだ。駅舎に響くその音は、昔列車がここに鳴らしてた汽笛に似てる気がする。やけに懐かしい気分になるんだよな。

俺は階段だ。何かを語ることはできないけど、いろんな人間が俺を通して何かを語ってくれた。あんたも、ここに来れば何か見つかるかもしれないぜ。

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