コンビニのレジに並んでいたときだった。俺の前には三人、後ろにも二人。昼時だから多少待つのは仕方ない。そう思っていた矢先——横から女がスッと入り込んだ。
彼女は一瞬の迷いもなく、まるでそこが自分の当然の場所であるかのように、俺の前に立った。
「おい」
言おうとしたが、声が出なかった。口の中が急に乾いたように、喉がひりつく。ただ、俺だけじゃなかった。前にいた三人も後ろの二人も、確実に気づいて目を見合わせていた。それなのに、誰も何も言わない。
女は何食わぬ顔で会計を済ませ、颯爽と出て行った。
——それが最初だった。
彼女は、どこにでも現れた。
地下鉄のホーム、スーパーのレジ、バス停、映画館のチケット売り場——人が列を作る場所には必ずいて、必ず横から割りこんであまり前のような顔をしている。
ある日、次こそは注意してやろうと決意した。駅のホームで並んでいたとき、またしても彼女はするりと最前列へ滑り込んだ。
「……」
その瞬間、また喉が詰まるような感覚に襲われた。声が出ない。後ろの人たちも、彼女を睨んでいるのに、誰一人文句を言わない。
まるで——物理的障害でもあるかのように何も「言えない」。
おかしい。
そう思い、俺は彼女を追った。電車に乗っても、降りても、どこへ行っても彼女は最前列にいた。信号待ちですら、一番前。まるで彼女のために世界が道を開けているようだった。
俺はスマホを取り出し、彼女の動画を撮ろうとした。言うことができないなら、SNSに晒して社会的に終わらせてやる。——が、その瞬間、女がくるりと振り返った。
「……あ」
彼女と目が合った。
ぞわり、と背中が粟立つ。まるで冷たい指で撫でられたような悪寒。彼女はにこりと笑った。
「あなたも並ばなくていいのよ」
その瞬間、視界が歪んだ。
気づくと俺はコンビニの会計待ちの先頭にいた。
昼時なので、背後には長い行列。みんなが俺を睨んでいる。でも誰も何も言わない。なるほど、そういうことか。俺は会計を済ませ、何事もなかったかのようにコンビニを出た。
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