#090 ネオン街のヘンゼルとグレーテル

SF

ナイトシティのスラム街。そこに生きる者は皆、飢えと暴力に耐えながら暮らしている。

ヘンゼルとグレーテルも例外ではなかった。

「また、食べ物探しに行くの?」

妹のグレーテルが、不安そうに兄のヘンゼルを見上げる。

「他に生きる道があるか?」

二人は孤児だった。両親は貧困のあまりサイバーウェアの実験台として二人を研究室に差し出そうとした。二人はそれを察知して逃げ出したのだ。それ以来、彼らは廃ビルを住処にし、街のゴミ捨て場を漁って生きてきた。

その日、二人は見たことのない広告を見つけた。

「美味しい食事、あたたかいベッド、すべて無料! ようこそ、ハッピー・ハウスへ!」

ホログラムがきらめき、夢のような映像が映し出される。

「怪しくない?」

グレーテルが言うが、ヘンゼルは喉を鳴らした。

「でも、食いもんがあるんだろ? 何があっても逃げる自信はあるぜ」

スラム街を生き抜いてきたヘンゼルには、大人にいいようにされないという自信があった。

こうして二人は、広告の案内する方向へと歩き出した。ホログラム広告はあてにならないと、グレーテルは蛍光塗料をつけた鉄屑を足元に落としながら進む。

それからこっそりとヘンゼルのポケットにも”特製”の鉄屑を忍ばせた。

辿り着いた先はネオンが輝く奇妙な施設だった。

自動ドアが音もなく開き、心地よい音楽とともに、甘い香りが漂ってくる。

「いらっしゃいませ、可愛いお客様たち!」

出迎えたのは、人間そっくりのアンドロイドだった。完璧な美貌、プラスチックのような微笑み。

「さあ、お腹が空いているでしょう?」

テーブルには豪華な料理がずらりと並んでいる。肉、パン、スープ……スラムでは見たこともないご馳走、そして憧れだけの存在だった甘そうなデザートがたっぷりとある。

「……食べても?」

「もちろんです。たっぷり召し上がれ」

ヘンゼルは警戒しながらも、ひとくち、またひとくちと口に運ぶ。

しかし——

「……変だ」

体が重い。まぶたが勝手に落ちる。

グレーテルの声が遠くで聞こえたが、ヘンゼルの意識は闇へと沈んでいった。

目を覚ますと、ヘンゼルはカプセルの中にいた。

透明なガラスの向こうでは、アンドロイドたちが何かを操作している。

「被験体No.47、回収完了。データ抽出を開始します」

——俺たちは捕まったのか?

周囲を見渡すと、無数のカプセルが並んでいた。その中には他の子供たちも閉じ込められているが、すでに動いていない。ここにグレーテルもいるのか?

「エネルギー抽出開始」

鋭い痛みが背中を走った。何かが体から吸い取られていく——!

「ヘンゼル!」

叫ぶ声がした。

カプセルの外に、グレーテルが立っていた。手にはアンドロイドの腕を引きちぎった電磁パルス銃。そこからさまざまな色のコードが伸びグレーテルの手元の機械につながっていた。

「いくよ!」

次の瞬間、轟音とともにカプセルが砕けた。

ヘンゼルは転がるように外へ飛び出した。

「どうやってここまで?」

「それは後で。逃げるわよ!」

警報が鳴り響く。施設全体が赤い光に包まれた。

二人は手を取り合い、暗闇の中へと駆け出した——。

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