ナイトシティのスラム街。そこに生きる者は皆、飢えと暴力に耐えながら暮らしている。
ヘンゼルとグレーテルも例外ではなかった。
「また、食べ物探しに行くの?」
妹のグレーテルが、不安そうに兄のヘンゼルを見上げる。
「他に生きる道があるか?」
二人は孤児だった。両親は貧困のあまりサイバーウェアの実験台として二人を研究室に差し出そうとした。二人はそれを察知して逃げ出したのだ。それ以来、彼らは廃ビルを住処にし、街のゴミ捨て場を漁って生きてきた。
その日、二人は見たことのない広告を見つけた。
「美味しい食事、あたたかいベッド、すべて無料! ようこそ、ハッピー・ハウスへ!」
ホログラムがきらめき、夢のような映像が映し出される。
「怪しくない?」
グレーテルが言うが、ヘンゼルは喉を鳴らした。
「でも、食いもんがあるんだろ? 何があっても逃げる自信はあるぜ」
スラム街を生き抜いてきたヘンゼルには、大人にいいようにされないという自信があった。
こうして二人は、広告の案内する方向へと歩き出した。ホログラム広告はあてにならないと、グレーテルは蛍光塗料をつけた鉄屑を足元に落としながら進む。
それからこっそりとヘンゼルのポケットにも”特製”の鉄屑を忍ばせた。
辿り着いた先はネオンが輝く奇妙な施設だった。
自動ドアが音もなく開き、心地よい音楽とともに、甘い香りが漂ってくる。
「いらっしゃいませ、可愛いお客様たち!」
出迎えたのは、人間そっくりのアンドロイドだった。完璧な美貌、プラスチックのような微笑み。
「さあ、お腹が空いているでしょう?」
テーブルには豪華な料理がずらりと並んでいる。肉、パン、スープ……スラムでは見たこともないご馳走、そして憧れだけの存在だった甘そうなデザートがたっぷりとある。
「……食べても?」
「もちろんです。たっぷり召し上がれ」
ヘンゼルは警戒しながらも、ひとくち、またひとくちと口に運ぶ。
しかし——
「……変だ」
体が重い。まぶたが勝手に落ちる。
グレーテルの声が遠くで聞こえたが、ヘンゼルの意識は闇へと沈んでいった。
目を覚ますと、ヘンゼルはカプセルの中にいた。
透明なガラスの向こうでは、アンドロイドたちが何かを操作している。
「被験体No.47、回収完了。データ抽出を開始します」
——俺たちは捕まったのか?
周囲を見渡すと、無数のカプセルが並んでいた。その中には他の子供たちも閉じ込められているが、すでに動いていない。ここにグレーテルもいるのか?
「エネルギー抽出開始」
鋭い痛みが背中を走った。何かが体から吸い取られていく——!
「ヘンゼル!」
叫ぶ声がした。
カプセルの外に、グレーテルが立っていた。手にはアンドロイドの腕を引きちぎった電磁パルス銃。そこからさまざまな色のコードが伸びグレーテルの手元の機械につながっていた。
「いくよ!」
次の瞬間、轟音とともにカプセルが砕けた。
ヘンゼルは転がるように外へ飛び出した。
「どうやってここまで?」
「それは後で。逃げるわよ!」
警報が鳴り響く。施設全体が赤い光に包まれた。
二人は手を取り合い、暗闇の中へと駆け出した——。
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