#093 きみの背中

ちいさな物語

何度も同じ夢を見るようになったのは、ちょうど一年前のことだった。

夢の中で、きみは僕の前を歩いている。

白いワンピースの裾が、ふわりと揺れる。

「待って」

呼びかけても、きみは立ち止まらない。

それどころか、少しずつ遠ざかっていく。

僕は必死に追いかけるのに、なぜか追いつけない。

そして目が覚める。

——奇妙な夢だった。でも、それが続くうちに、ただの夢ではないような気がしてきた。

なぜなら、夢の中のきみは、日に日に遠くなっていくのだ。

「最近、疲れてる?」

きみにそう聞かれたのは、ちょうど夢を見始めて三ヶ月経った頃だった。

「いや、そんなことないよ」

そう答えながら、僕は胸の奥がざわつくのを感じていた。

夢のことを話そうかと迷ったけれど、どうせ「変な夢だね」と笑われるのがオチだろう。

それに何だか不吉な雰囲気で口に出せば何かが起こってしまうような予感がしていた。

だから僕は夢のことをずっと黙っていた。

そして一年後。

きみが病に倒れたと知らされたのは、会社の昼休みだった。治療法が確立されていないめずらしい難病だった。

医者が言うには、発症は一年前。つまり、あの夢を見始めた頃と一致している。

「どうして……」

病室のベッドで眠るきみの手を握りながら、僕はあの夢の意味を理解した。

きみの背中が遠ざかっていたのは、つまり——。

それからの数ヶ月間、僕は夢を見ることがなくなった。

きみは少しずつ衰えていった。

僕は毎日のように病室に通った。何度も、何度も、「お願いだから行かないでくれ」と祈った。

そして春が来た。

きみは、いなくなった。

その夜、久しぶりにきみの夢を見る。

前に見た夢と同じで遠ざかってゆく背中。

——でも、今度は違った。

きみはゆっくりと振り向いた。

やわらかく微笑むと、静かに手を振る。元気だったそのときとまったく同じ笑顔。ふっくらとした健康そうな顔、左側にだけきゅっと笑くぼができた。

僕はその場に立ち尽くし、ただ、きみを見送ることしかできなかった。

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