俺がそいつと出会ったのは、山道の途中だった。
「おい、人間。少し手を貸せ」
振り向くと、そこには二足歩行の狼がいた。いや、正確には獣人というやつだろう。狼の頭にたくましい体、しかしその毛並みは不思議なほど滑らかで、銀色に輝いていた。
「……しゃべれるのか?」
「驚くことか? 人間の言葉はマスターしてる」
なるほど、妙に流暢な言葉遣いだ。
「で、何の用だ?」
「腹が減った。何か食わせろ」
人間のマナーはマスターしてないようだ。そもそもそういう場面で「手を貸せ」とはいわない。
獣人は「食べ物をめぐんでもらえないか」と言い直した。鼻は効くのか俺がむっとしたことに気づいたらしい。空気は読めるようだ。
話してみたらこいつが案外いいヤツだった。食べ物の礼だと値の張りそうな毛皮をくれる。これを売れば食べ物くらい簡単に手に入るだろうに。
こうして俺は、獣人と共に旅をすることになった。
獣人はリュカと名乗った。
彼は人間の文化に妙に詳しく強かった。剣も弓も使えないくせに、鋭い爪と俊敏な動きで、盗賊すらものの数秒で蹴散らしてしまう。モンスターにも負ける気配がない。
「お前、何者なんだ?」
「ただの獣人だ。……お前たち人間に興味があってな」
夜、焚き火を囲みながら彼は目をきらきらさせてそう言った。
「興味?」
「そうだ。俺たち獣人は昔から、お前たちのことを遠巻きに見ていた。だが、お前たちは俺たちのことを『獣』としか見なかっただろう」
確かに、獣人の話は聞いたことはあったが、実際に出会ったのは初めてだった。
「……それで、お前は俺と旅をすることで何を知りたいんだ?」
「お前たちが何を求め、何を恐れ、何を大切にするのか。それを知りたい」
リュカは静かにそう言った。よくわからないが、人間のとこが知りたいのだろう。
その夜、彼の目が始終きらきらと焚き火の炎を映していたのが印象的だった。よほど人間に興味があるのだろう。
旅を続けるうちに、俺たちはある村にたどり着いた。人里は久しぶりだ。しかし村人たちは俺たちを見るなり、すぐに門を閉じた。
「ここは人間の村だ! 獣は入れない!」
リュカが静かに俺を見た。
「――これは、よくあることなのか?」
俺は言葉に詰まった。
「……俺は、敵じゃない」
リュカの言葉は、静かな失望をはらんでいた。
「お前たち人間は、見た目が違うだけで話も聞かずに排除しようとするものなのか、俺たちとお前たちの違いは、ただ毛があるかどうかだけじゃないのか?」
その夜、俺たちは村の外れで野宿した。
リュカは炎を見つめ、ぽつりと呟いた。
「仲間たちは俺が馬鹿だといったが、いつか人間とわかりあえると――俺は、思っていたんだ」
俺は何も言えなかった。あとから思えば、何かいうべきだったのだ。俺はこの夜のことを心底後悔することになった。
翌朝、目を覚ますと、リュカの姿はなかった。
どこかへ行ったのかと探し回ったが、結局彼を見つけることはできなかった。
ただ、焚き火のそばには、一振りの短剣が置かれていた。
柄には、銀色の毛が巻きつけられている。
俺はそれを拾い、静かに呟いた。
「お前の求める答えを、俺も一緒に探してやるよ」
リュカは気づいているはずだ。他の獣人たちとリュカが違ったように、俺があの村の人間たちとは違うことに。だからこの短剣を置いていったのだ。
こうして、俺の旅は続くことになった——もちろんリュカを探す旅だ。人間にもいろんなやつがいることを教えてやる。獣人を敵とは思わない、そんな人間がいることを。
#094 銀色の親友

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