コンビニのレジで、店員の山崎がいつものように尋ねた。
夜も遅くなると必ずといっていいほど「温め」が必要なお客がやってくる。そして山崎は「温める」のが嫌いではなかった。たまに失敗もするが、最近は相手の様子をちゃんと見ながら温めれば大きなしくじりはない。
スーツ姿の男性が、手に持ったハンバーグ弁当を見つめながら、ぼんやりとした表情で「……あ、はい」と答える。
山崎は冷たい弁当を受け取りながら、何気なく言った。
「最近、寒いですね。」
「ああ……そうですね。」
うわのそらだ。
「夜遅くまでお仕事お疲れさまです。」
その言葉に、男性は少し驚いたように顔を上げた。目に意識の光が戻る。
「……あ、ありがとうございます。」
「うちのコンビニ、ちょうどお客さんが減る時間帯だから、よく来てくださる方の顔は覚えちゃうんですよね。」
「ああ……そうなんですか。」
山崎は笑顔を浮かべながら、温め終わった弁当を取り出し、優しく手渡した。
「今日もお仕事、大変でしたか?」
「……まあ、いつも通りですね。」
男性はやや困惑しながら弁当を受け取る。
その温かさを感じながら、ふっと小さく息を吐いた。「いつも通り」。だが、実際には疲れ果て、ため息をつくことさえ面倒に感じる日々だった。
そんな彼の心の内を見透かしたように、山崎は言った。
「お弁当、食べるとき、ちゃんと『いただきます』って言ってますか?」
「……え?」
「忙しくて、つい無言で食べちゃったりしてません?」
男性は少し考えて、ぎくりとしたように瞬きをした。確かに最近、弁当を開けてもスマホを見ながら黙々と食べているだけだった。
「『いただきます』って言うと、不思議と気持ちが変わりますよ。自分のために食べるぞ、って気になるというか。」
「……そういうもの……ですかね。」
男性の表情がほぐれるような笑みを作った。
「ええ。あと、できれば『ごちそうさま』も言ってみてください。たとえ一人でも、です。」
袋ごしに弁当の温もりが、じんわりと手のひらに広がった。山崎の言葉は、まるでその温もりが心まで届くようだった。
「……やってみます。」
男性は照れくさそうに笑いながら答えた。
うまく「温まった」ようだった。
そして今度は若い女性がレジに来た。手には具だくさんが売りのパウチのスープ。目の下には隠しきれないクマがあった。
「温めますか?」
「あ、はい……お願いします。」
電子レンジがブーンと音を立てる間、山崎は口をひらいた。
「スープ、いいですね。温かいもの飲むと、ちょっと落ち着きますよね。」
女性は少し驚いたように目を瞬かせ、そしてふっと息をついた。
「……そうですね。今日はなんか、そんなのが必要な気がして。」
「いい選択です。あったかいものは、心も温めますからね。このスープに入っている豆類はいい睡眠を取るのを助けますし。余裕があったら寝る前にホットミルクを飲むのもいいですよ」
女性はハッとしたように顔をあげる。
「――そういえば最近、そうやって自分をいたわってなかったかもしれない。ホットミルク、いいかも。あ、これも」
女性はレジ横に置いてあった入浴剤をレジ台に置く。
温めたスープと入浴剤を受け取った女性の表情は、来店時より少しだけ柔らかくなっていた。
「温めますか?」
それは、冷えた心を溶かす魔法の言葉なのかもしれない。山崎はレジカウンターの中でぐっと背を伸ばした。
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