地下墓地の奥深く、エリアスは静かに暮らしていた。彼は幽霊だったが、生前の記憶はほとんどなく、ただ「優しくありたい」という思いだけが胸に残っていた。
墓地には時折、弔いや祈りのために人間が訪れる。エリアスはそんな彼らの肩にそっと手を添えたり、冷たい指先で涙を拭ったりすることがあった。ただの風か気のせいだと思われても、それでよかった。彼はただ、人の悲しみに寄り添いたかったのだ。
ある夜、地下墓地の入り口から小さな足音が響いた。現れたのは幼い少女だった。彼女は震えながら蝋燭の火を灯し、周囲を見回していた。
「……だれか、いるの?」
エリアスは驚いた。幼い少女が夜遅くにこんなさみしい場所に来るなんて。彼は静かに少女のそばへ行き、そっと優しく息を吹きかけた。少女の蝋燭の炎が揺れる。
「……やっぱり、いるんだね」
少女は少しも怖がる様子を見せなかった。それどころか、安心したように微笑んだ。
「わたし、エマ。お母さんのお墓を探してるの」
どうやら少女は母親恋しさに地下墓地まで来てしまったらしい。エリアスはしばらく考え、そっと空中に指を動かした。するとぽぅと光の線が地面に浮かび上がった。
何の疑いもせず少女は光の線をたどる。、
「お母さんのお墓だ!」
少女は目を輝かせた。しかし、すぐにしゅんとした顔になり、小さな手を握りしめる。
「お母さん、死んじゃったのに、わたし、まだ生きてるんだね」
エリアスはふと、自分が何者だったのかを思い出しそうな気がした。生きること、死ぬこと。その間で揺れる心。彼はそっと少女の手を包み込んだ。
「生きてるって、どういうことなのかな」
エマの問いに答えることはできなかった。けれど、エリアスはそっと蝋燭の火を強くした。それはまるで「生きることは、蝋燭の炎を守ることに似ている」と、伝えたかった。
やがて遠くから少女を探す声が響いた。この少女を大切に思う存在がまだちゃんとそばにいる。なぜかエリアスの心はぎゅっと締め付けられるような心地がした。
エマは見えていないはずのエリアスを真っ直ぐに見て「ありがとう」と呟いた。そして母親の墓を振り返りながら地上へと駆けて行く。エリアスはそれを静かに見送った。
地下墓地はまたしんと静まりかえった。
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