俺の仕事は単純だった。
作業場に入る。機械の前に立つ。決められたタイミングでレバーを引く。それだけだ。
俺が引くレバーに連動して、巨大な歯車がゆっくりと回り始める。最初は重たそうに軋むが、やがて安定し、規則正しいリズムを刻む。そして俺は決められた時間が来るまで、それをただ眺めているだけ。
「なあ、この歯車って何を動かしてるんだ?」
ある日、隣の作業台の男に聞いてみた。彼はレバーを引きながら肩をすくめる。
「さあな。俺も知らねえよ。とにかく回せって言われてるだけだ」
俺は黙った。何のために動かしているのかもわからない機械。それなのに、毎日決められた時間、決められた動作を繰り返す。
俺が休んだらどうなるんだろう。
そんな考えが頭をよぎる。試しに、その日の終業間際、レバーを引くのをやめてみた。歯車はゆっくりと減速し、やがて止まった。しかし、誰も何も言わなかった。上司も気づかない。警報も鳴らない。
「……止めてもいいのか?」
次の日も試した。やはり何も起こらない。翌日も、またその次の日も——。俺は次第にレバーを引くことをやめ、ただ機械を眺めるだけになった。しかし、仕事をサボっていると咎められることもなかった。
不思議に思って、ある日こっそりと機械の内部を覗いてみた。すると、俺が止めたはずの歯車の奥で、別の歯車が回り続けていた。俺が操作する機械とは無関係に、それは動いているようだった。
もしかして——俺の仕事は最初から意味なんてなかったんじゃないか?
疑問が確信に変わったとき、俺はふと笑いがこみ上げた。今までの苦労は何だったのか。毎日真面目にレバーを引き続けたあの時間は、一体何のためだったのか。
けれど、それと同時にひどく恐ろしくもなった。もしこの工場の全ての仕事が、俺と同じように無意味なものだとしたら? 俺たちは一体何をしているんだ?
次の日、俺は何事もなかったようにレバーを引いた。歯車はまた、くるくると回り始めた。
——きっと、世の中ってそういうものなのだろう。
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