#114 星のさざ波

SF

――宇宙の果てには、奇妙なものが転がっている。
銀河系を越え、まだ名もついていない星雲を渡り歩く旅商人ルカには、そう確信する理由があった。

彼の相棒は陽気なアンドロイド、アーロ。表情こそ微妙にぎこちないが、ジョークのタイミングは抜群で、冷めきった船内の雰囲気をいつも温めてくれる。

「今日は何を探すんだい、ルカ?」

アーロは金属製の指を器用に操り、宇宙船の操縦桿を握っている。

「星のさざ波、という品だよ。存在すら怪しいけどね。」

ルカは軽く肩をすくめた。アーロは首を傾げ、彼らしいデータ検索のポーズをとった。

「星のさざ波? 記録にはないよ。それ、どんな形状?」

「それがわかれば苦労しないよ。見た人の話だと、キラキラ輝き、持っていると宇宙のどこにいても波音が聞こえるんだとか。」

アーロは唸りながら、いかにも人間らしく頭をかいてみせた。

「なるほど、謎だね。きっと素敵な珍品だ。探し甲斐がある。」

ふたりは小さな船で銀河の端にある星々を巡り、星間市場で情報を拾い、星雲に紛れた流れ星の欠片を集めたりした。

旅の途中、ある小惑星の市場で二人は奇妙な老人に呼び止められた。老人の髭は銀河の渦巻きのようにうねり、目は遠くを見つめているようだった。

「お前さんら、『星のさざ波』を探しているのか?」

ルカは頷いた。老人はほほ笑む。

「それは、宇宙にいるすべての生命が、いつか聴く音じゃよ。」

老人はゆっくり指を上げ、天井のない市場の空を指差した。

「銀河が生まれたとき、最初に響いた波の音。それを閉じ込めた結晶じゃ。」

老人は手のひらを広げ、小さな輝く石を示した。

「ほれ、もってけ。お代はいらん。」

ルカは驚きつつもそれを受け取った。手の中で石は淡く輝き、波の音が聞こえた気がした。
船に戻り、ルカは興奮気味にアーロに語った。

「ついに手に入れた! 本当に波の音が聞こえるんだ。」

しかし、アーロは小首をかしげ、何も聞こえないという。

「アンドロイドだからかな?」

アーロは軽く笑った。

「僕は聞こえないけど、君が楽しそうだから満足だよ。」

だが、奇妙なことに、数日が過ぎるとルカも音を感じなくなってしまった。

「おかしいな……」

ふと、アーロが彼を見て口を開いた。

「もしかすると『星のさざ波』は、一生に一度だけ聴ける音なのかもしれない。」

ルカはそれを聞き、しばらく黙ったあと、にこりと笑った。

「じゃあ、また次の誰かが聴く番なんだ。」

「なるほどね。だからタダでもらったってわけか」

「じゃあ、僕も次の人に譲らないと……でも僕は商人だからな。タダってわけには――」

「がめついな、きみは」

船内にふたりの笑い声が響く。アーロは再び船を動かした。

宇宙は広く、まだまだ知らないことばかりだ。

「さあ、次は何を探す?」

「宇宙で一番冷たい炎なんてどう?」

またふたりの笑い声が響く。小さな宇宙船は星々の隙間を縫いながら、次の物語を追い求めて旅立っていった。

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