#115 ダンジョン・エスコートサービス

ちいさな物語

「いらっしゃいませ、本日は『ダンジョン・エスコートサービス』をご利用いただき、誠にありがとうございます」

赤い口紅が映える艶やかな微笑みを浮かべ、案内人の女性が客人を迎えた。彼女の名はレイナ。かつては名の知れた魔法剣士だったが、現在はこの「ダンジョン案内業」に転職している。

隣に立つのはエルフのカイル。彼も冒険者出身で職業はシーフ。エルフ特有の美しい容姿をしており客寄せにはぴったりだった。彼は涼やかな目を細め、客人を値踏みするように眺めている。

「保証金として蘇生料金を先にいただきますね。死んでも文句はなし、払い戻しはありませんのでご了承ください」

客人は苦笑しつつも金貨を差し出した。富裕層のダンジョン観光の流行で、最近はこうした案内サービスが人気なのだという。腕のよい冒険者は引っぱりだこだ。

「では、さっそくご案内いたします。どうぞ、お楽しみください」

ダンジョンの入り口は重い石造りの扉で閉ざされていた。レイナが手を翳すと、魔法陣が光り、扉がゆっくりと開く。

「最初の見どころは名物『歓迎の罠』です。足元、お気をつけてくださいね」

そう言いながら、彼女は躊躇なく進む。客人が後に続いた瞬間――床が抜け、鋭い槍が飛び出した。こんなところで死なれても困るので、もちろん後ろのカイルがフォローにまわっている。

「うわっ!」

カイルが客人の腕をつかんだままくすくすと笑う。

「気をつけろって言ったのに。まあ、こういうハラハラ感が醍醐味だよね」

そう言いながら、彼は軽やかに壁を蹴り、罠の外へと着地した。客人はおぼつかない足取りで後に続く。

「ここからはモンスターが出ます。運がよければ、レアな個体に出会えますよ」

ダンジョンの奥へ進むにつれ、異様な気配が濃くなる。すると、突如として暗闇から巨大な狼の影が躍り出た。

「おお、これはラッキーですね。希少種の夜狼です」

レイナはうれしそうに呟くが、客人はそれどころではない。鋭い牙が閃き、狼が飛びかかる。

「お、おい! 本当に大丈夫なのか!?」

「ええ、もちろん。命懸けではありますが」

――と、言いつつも、レイナにとって夜狼はザコだ。いざとなったら、なんとでもなる。しかし客人はスリルを味わいにきている。簡単に片付けるわけにはいかなかった。

レイナはカイルに視線を送る。それを受けたカイルが短剣を抜き、ひらりと狼の攻撃をかわした。曲芸披露のお時間だ。

客人は戦闘開始と気づいたのか、慌てて支給品の剣を構える。

「死んだら蘇生しますから、思いっきり楽しんでください。でも怪我をすれば当然痛いのでご注意を」

レイナはにこやかに言い放ち、炎の初級魔法を夜狼へと放った。このレベルの魔法を2、3披露するのもメニューのひとつ。

時間をかけて夜狼を倒すと、客人はその場にへたり込んで息を切らしていた。軽い怪我はしているが問題なさそうだ。レイナには蘇生魔法が使えない。外に運び出すのが一苦労なので無事でよかった。すぐに回復魔法をかけてやる。この体験もまた新鮮なはずだ。

「お疲れ様でした。これにてツアー終了です。またのお越しをお待ちしております」

ダンジョンの出口で、レイナとカイルが微笑んで手を振った。

「えーっと……二度と来たくないんだけど」

客人はぐったりした様子である。

「そう言う方に限って、また来るんですよ」

カイルが肩をすくめる。客人はとんでもないとでもいうようにぶるぶると首を振った。

実はカイルのいうことは事実である。「死ぬかと思った」「もう嫌だ」と騒ぐ人ほどまた来てくれる。刺激が忘れられないらしい。レイナはハマりすぎて、そのまま冒険者になってしまった人も数人知っていた。レイナの勘ではあの客人は数日内にまたサービスカウンターに立っていることだろう。

――ともあれ、本日のダンジョン・エスコートサービスも無事に終了。レイナもカイルもやれやれと帰路についたのだった。

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