「世界で一番やさしいブラック企業、か……」
ユウマはスマホの画面を見つめながら呟いた。
求人サイトで偶然見つけたその会社の募集要項には、こう書かれていた。
・未経験歓迎! 学歴不問! やさしく指導します!
・24時間365日勤務可能な方歓迎!
・休日出勤あり(希望制。強制はしませんが、みんなやっています!)
・残業代はしっかり出ます! ただし、みんな残業が好きなのであまり気にしません!
「ツッコミどころしかないな……」
それでもその矛盾に満ちた状態で自信満々な広告に興味を引かれたユウマは、面接を申し込んだ。どんなやばい会社か見てやろうというわけだ。
——翌日、訪れたオフィスは意外にも綺麗で明るかった。面接官の男性も柔らかな笑顔を浮かべている。
「当社はブラック企業ですが、社員に無理をさせることは絶対にありません。むしろ、社員の自主性を尊重し、やさしく見守る方針です」
「……えっと、それってつまり?」
「たとえば、徹夜で働きたい人には快適な仮眠室を用意します。休日も働きたい人には、みんなが楽しく働ける環境を整えます!」
「……いや、働きたくない人は?」
「そういう方ももちろん大歓迎ですよ! ただ、周りが楽しそうに働いていると、自然と仕事がしたくなっちゃうんですよねぇ」
何かがおかしい。だが、嫌な感じはしない。
「平均年齢が二十代半ばなので、みんなと気が合うと思いますよ」
異様に若い。新しい会社だっただろうか。
「……じゃあ、僕が採用されたら、まず何をすれば?」
「まずは、やりたい仕事を自由に選んでいただきます!」
「えっ、自由に?」
「はい! 何もしたくない方は”何もしない係”を選べます。ただ、周りが頑張っていると、つい手を出したくなるかもしれませんが……」
なんだ、この会社は。同調圧力を利用して穏便にブラック企業としてやっていこうというつもりか。そんなシステム、成り立つわけが……。
それから一週間後——ただの興味本位だったはずのユウマはなぜか入社し、気がつけば周囲の雰囲気に流され、普通に働いていた。いや、むしろ、楽しくブラックに働いていた。
「今日も徹夜組ですか?」
「まあ、やりたくなっちゃうんですよね」
やさしすぎるブラック企業。ユウマはその異様なシステムに完全に馴染んでいた。
そしてある日、ふと気づく。
「……俺、いつから家に帰ってない?」
その瞬間、ゾクリとした。
この会社、やさしすぎるのに逃げられない。逃げられないのに全然いやじゃない。
「新人くん、がんばってるね」
微笑む上司の顔が、やけにまぶしく見えた——。上司といっても二つ上くらいなので話しやすい。
そんなユウマとその上司を尻目に、三十を前にした先輩二人がよろよろと廊下を歩いていた。
「合う人には完全に合っちゃうんですよねぇ、この会社。まぁ、体の方が先にダメになりますけど」
「――ですね。だから若い人しかいませんし。我々も潮時ですね」
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